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2008年2月18日 (月)

‶道"(どう)を取り戻そう。

久し振りにイチロー選手の番組を偶然みました。彼は小学生の低学年から野球選手になりたいと思っていたそうです。中学では昼はグラウンドで練習夜はバッテング練習場で打撃の練習、父親も野球狂で野球漬けの子供時代だった。大昔は普通親の家業を継ぐのが当然でしたから親の背中を見小さい時から家業を手伝うことも当たり前でした。そんななかからお得意との応対、仕事のモラルなど自然と身についていきました。イチローと同じく小さい時から専門の訓練を始めていることになるわけです。だから職人なら職人として優れた技とその職種としてもモラルもしっかり涵養されました。そうでないと同業者の名折れとはじきだされてしまいます。とにかくあらゆる分野で厳しいモラルと信頼が存在していました。それが総サラリーマン時代(大工といえども今はサラリーマン)になりいわば植木等のスーダラ節の時代になりました。それでも同じ会社、同じ部、同じ課など家族のようなつながりがあり部下思いの上司は退職後も部下と一生続くこともあり、人間関係というものが存在しました。しかし今はどんどん人間関係が希薄になり一日中パソコンを見ている者も多く人間的な部分がかえって邪魔にさえなっている会社組織のようにみえます。このような場合会社が終わるとぽつんと一人になります。会社以外の仲間友人恋人が居る場合はいいとしてそうでない人、そして会社のしごとに情熱を燃やせない人、人生に目的や希望の無い人のサラリーマン生活は淋しいのではと容易に想像されます。特に大都会では。このまま企業が利益追求オンリーになり続けたら精神を皆が病むことになるという気がします。このごろボランテアの活動が目立ちますが厳しい企業のサラリーマンは現役中はそんな余裕はないでしょう。ひたすら人生を設計し退職後にそんな夢を託しているのかもしれません。60で退職しても2,30年好きなことができますから。でも現役中に時々エネルギーくをチャージしないと人生に息切れをしたり病気になったりするすることがあるでしょう。むかしCMに‶疲れたら休め、友もそう遠くは行くまい"というのがあり私は好きでした。しかし今の社会はこんな悠長なこと言ってたら落伍するでしょう。ということはどんどん社会に余裕がなくなって非人間、非生物的になってきているということなのでしょう。経済、生産、金融などのシステムが人間のありかたを限りなくデフォルメしていくでしょう。人間は或いはどんな鋳型にもはまる生きものなのかも知れません。でも決して心地よいものではなく悲鳴をあげているのも現実です。親の子殺し、子の親殺しこれも悲鳴の一つと私には聞こえます。イチローの話からいつもの如く横道に逸れました。イチローの野球はスポーツというより剣道柔道と同じように野球道という武道と思います。彼は自分がストライクゾーンだけを打っていたら打率トップを維持出来るだろうと、しかし明らかにボール球とわかっているのに手を出してしまうもろさ、これを何とかしなければと、バッターボックスに立ったものでなければわからない雰囲気が心の冷静さをうしなわせたり、かれにいわせると見えない何かとの対決それはその場の‶気"なのかも知れません。今までは自分の記録の重圧にしばしばおしつぶされていたとのことですが今回打率でトップの座を奪われて一つの悟りをえたようです。それは重圧を恐れず真っ向勝負で野球をやろうとイチローでさえこの捨て身の境地になるのに十数年の時間と自分の内面をみつめ分析が必要でした。日本人は自分の内面を言葉で表現するのが不得手な国民ですがイチローは稀に見る自己分析表現者です。日本人は‶道"という世界に冠たる観念を失ってはいけないと思います。それは欧米の人間観とモラルを正す最有効な力でしょう。

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