゛希望″という呪文は唱え続けなければ!
昨日年賀状を本局まで出しに行くのに大きな公園を通ったら五角形のあずま屋を小箒で落ち葉を掃いている70近いおじさんに会った。ござなどや寝袋が近くにあったのでここに寝たのと聞いたらこんなところに寝たら死んじまうよと答えました。このおじさん去年の夏も朝散歩の折に何回か見かけています。いつもあずま屋のあたりを掃除しているか缶コーヒーの空き瓶に一輪椿なぞ挿してあずま屋の黒御影石の四角い椅子の上に置いてあったりします。私の質問が馬鹿だったのでこんな吹きさらしのとこに寝たら凍え死にするでしょう。どっかあったかいところにもぐって寝るのでしょう。パリ時代毎日のようにホームレスを見ました。冬は大抵メトロの空気の吹き出し口の鉄の網の上にダンボ^ルなど敷いて寝ています。暖かい空気が出てくるので快適です。多少メトロの臭いの付いた空気ですがそれもまた今ではノスタルジーをさそいます。パリではホームレスは景物の一つで目にありふれています。日本特に地方では稀です。しかしこれからは増えるかもしれません。私は乞食性でホームレスと自分とダブって見えることがあります。新しい立派な家よりも50年も前に建てられた漫画家の滝田ゆうが描く古いやっと立っているような家にノスタルジーを感じます。今世にでている漫画家や役者の中にこんなところで青春の苦労を仲間と分かち合った人もいることでしょう。その頃は皆助け合いましたが豊かになった今日日本人は本当に変わってしまいました。こんな社会の中でホームレスになるのは厳しいでしょう。日本人の中にはホームレスは醜いと殺す大人や子供がいるんだから驚きです。案外殺す人間は本人追い詰められていて弱いホームレスにたいしてしか吐き出せないのかも知れません。何故こんな弱者をいたぶるのか、弱肉強食と醜いものを嫌うイライラがこのような行動を誘発するのかもしれません。本当に寛容な精神の醸成を望みます。ホームレスはなるべくしてなるような人もいますが大抵は色々な不運が重なってなる人が大部分です。中には実に素晴らしい人もいます。彼らは人を押しこくって生きるような人ではなく優しい人もおおいです。前述の公園のおじさんも自分が日中過ごす場所をきれいにしてあずま屋を自分の家に見立てているのかもしれません。彼を見かけるのは決まってここなのです。こざっぱりしているので最低の年金はあるのかもしれません。世界って理不尽なものです。ちょっと石油の相場半年ぐらい上げ下げして巨万の利益をあげる者もいれば働こうとしても働けない人もいたり文明が進んでかえって人間が一部で奴隷化しているのではないか。人間の進化が金という武器によってデフォルメの度合いが異常も異常になってしまってきているのではないか。今回の世界恐慌も陰の仕手グループの画策ではないかとというキナ臭さも感じます。文明終焉を彼らは演出しようとしているのではないか。これに対抗できるのはアラブのテロだけかもしれません。映画でも地球最後の日みたいなものをテーマにつくられ始めているということは人々の潜在意識に地球終焉が描かれ、予感されだしているのかもしれません。人間がデカダンになると言うのは恐ろしい事態になるということです。去年の一年特に後半、リストラの波が押し寄せてきましたが今年は相当な覚悟が必要でしょう。しかし゛希望″という呪文は決して忘れずに唱え続けなければと切に思います。
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