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2009年1月 8日 (木)

メシア教の終焉。

20世紀はメシア教がまだ信じられそれこそ色んな教が輩出した。共産主義も一種のメシア教である。社会がこのようなシステムになれば、或いは人間が皆この一種だけの宗教になれば世界が平和でうまくいくという考えはすべてメシア教といえる。人間が動物の一種であるかぎり他の生命を食べなければ生きられないしものが豊かで理性が働くうちは殺戮も回避されるが理性でうまくいかなくなると暴力で解決するようになるのは人間から暴力(殺戮、戦争)は絶対なくならないだろう。暴力は人間の属性と同時に暴力は人間を支配するもっとも手っ取り早い手段だからである。世の中からヤクザがなくならないだろうしアメリカのようにことがあるとすぐ戦争に訴えるヤクザ国家も立派に存在している。人間のこの本性を理解して暴力によってことを解決しないように皆が自覚し続ける事が必要になります。暴力は子供同士、大人と子供、男と女、強い者と弱い者、人種間色んな間に暴力をする者とされるもの、力が均衡する者との間では闘いになるでしょう。私が云いたいのは暴力や殺戮は無くならないということです。そしてメシヤ教も決して平和な世界をつくり出すことは出来ないということです。人間うまくいってると思うと必ず楽してうまい汁を吸う輩がカビのように出てきたり新しい支配のシステムをつくり出す陰謀が生えだすものです。人間が皆神のようになることは未来永劫あり得ないから信仰心や徳目が必要なのです。今恐ろしいのは前回に書いたように他者に無関心な人間の増大です。無関心は人間を支配しようとする陰の仕手グループの恰好のターゲットでいとも簡単に操作できます。無関心はまた人間力の発現を一番小さくします。人間自分のためだけに生きるとエネルギーが小さく小さくなります。障害児をかかえた母或いは両親など医者が見離したにも拘らず治ると信じてわが子に献身し信じられないような奇跡を起こすことがあります。三浦雄一郎のように自分自身に挑み75にしてエベレストを登頂したような意志の強いひともいますが凡人でもわが子或いは他者への愛は信じられないような力を発揮することがあります。敗戦以来欧米の個が原点の思想がデフォルメされ権利ばかりが一人歩きし今日のようなおぞましい社会になりました。権利と義務の社会は強いモラルの自覚と実践無しに存在し得ないのです。日本人は古来自然を敬い自然を汚すことを非常に忌み嫌った民族でしたが今は山の中に家電、クルマ、バイク自転車挙句の果て殺した死体まで捨てるありさまです。人間此処まで変れるものです。人間ブタに育てられるとブタになる本当です。人間ブタになっているといったらブタに怒られるかもしれません。我々ブタ様は自然の理をはずしてはおらんぞというでしょう。とにかくメシア教で世は救えません。一人ひとりの自覚以外世界がよくなる手立てはありません。影の力がいくら強くても世界の人たちが立ち上がればどうすることもできないでしょう。人間葦は葦でも行動する葦なのです。考えただけでは力になりません。一人ひとりの小さくとも日々の行動と自覚が世界を変えるでしょう。メシア教は終わったのです。

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