大正期の夭折画家の爪の垢を煎じて飲もう。
梅雨といっても昔のようにじめじめと雨が降らなくなったようです。住宅の環境も除湿機があったりエアコンも室内の湿度をコントロールしてくれるし、梅雨といったマイナスのイメージはなくなった気がするのは私ばかりではないのではないでしょうか。神奈川から宮城の松島に移り住んだ友人、これから温暖化が進むと北海道の次に東北が住み易いところになるでしょう。何十年後には東北は一大ミカンの産地という予測もありますから。暑さに弱い私には7,8月が近づくと戦々恐々になりますが、去年の夏は7月末から8月初旬にかけて銀座で個展をしたこともあって緊張していたのでしょう。暑さにまいりませんでした。ただこ個展中の銀座の暑さは記憶にあります。今年は夏は何も無いのでバテないか心配です。今日の当地は32℃といってます。昔は猪苗代湖湖畔の土地は平地で1.5メートルは降っていた土地が今は50cmも降れば良い方で60年間でこれだけ温暖化が進んだことは事実です。冬に雪が降らないと水不足になり水道水や井戸水をポンプで汲んで農作物に掛けねばならずコストもかかるでしょう。現代人の生活が日々金がかかるようになり専業農家も減り、長男が都市に働きにでるようになり、農村がさびれ無人の農家が多い村もあります。敗戦以来64年、人間の豊かさとは何かを考えずにひたすらお金を追い求めて、農村ばかりでなく日本人のこころも荒廃してしまいました。前回にも書きましたが、アシストというITのソフトをつくっている700人の会社を30年経営しているアメリカ人のビル.トッテン氏の会社は終身雇用で70歳まで働けるそうです。彼がいうにはかつて日本にあった終身雇用制度はこれからも通用する一番優れた雇用システムだといっています。安心して一生会社のためにつくすことが出来会社の社長が父親のように社員の面倒を見、お互いが信頼関係でつながる。かれは30年それを実践して会社を大きくしなくても安定してやっていけるといっています。嘗ては日本の優秀な中小企業が活気がありましたがグローバル化の流れの中で安い労賃のインドネシア次いで中国これからはベトナムなどに工場をつくり生き延びています。こんな世界の流れに流されていたら国内にいる中小企業は凄い真似のできないものを世界に売らなければますます惨めになるでしょう。此処でトッテン氏が実践している理論に耳を傾け弱肉強食型のアメリカ型から決別することを国是として新しい人間の、社会のシステムをつくりあげていかねば日本人が本来の心の豊かさを取り戻すことは永遠に不可能になりどうしようもない国になっていくだろう。嘗ての企業経営者は企業の目的は社会に貢献することだとはっきり認識していました。松下幸之助、本田宗一郎、土居敏夫など人格者は皆から尊敬された。しかし今の経営者はひたすら利益をあげることが手段が目的になってしまった。言い換えると経営者は株主に利益を与えることが最大眼目になってしまった。アメリカそのものになってしまった。日本人は表面は日本人でも中身はアメリカ人、人を蹴落としても利益が上がればいい。企業や官僚の嘘は当たり前になって、何が本当か見分けがつかなくなってしまった。子供や青少年は大人のこんな社会をどうみているのだろう。そんな大人の金唯一の価値観から援助交際など派生してきたでしょう。繊細な若者がこんな社会を前にして正当に闘う意志を持続できるのだろうか。すべての人間の堕落は金を越える規範を社会が喪失してしまうことからきているでしょう。たとえ建前としても規範はしっかり立てておかねばならないだろう。もし社会が「人生は所詮金と肉の欲望だもんなあ。」と通念化したとしたら、社会は既に統制を欠き教育もすべてが存在不可能になるでしょう。外見整えば内部が正されるというような言葉がありますが。言葉や服装が乱れればやはり内部の規律は整わないでしょう。この第二次大戦が終わってから世界の各国で持してきた何百年続いた美質が急速に失われた。大切なものは長い試行錯誤によって判定されカタチとなるもので、この64年は先ず捨てることをすれば新しいものが出てくるだろうと安易に捨て去りました。今捨て去ったものの大切さに気がつき始めたのではないでしょうか。真に日本を愛し卓見のあるビル.トッテン氏のような人の日本人へのアドヴァイスは真剣に検討する必要があると思います。大正期まだ洋画家が今のように食べられなかった時代、洋画家を志、家が貧しいものは結核を覚悟、それこそ命懸けで美の女神のために二十歳代で夭折した画家も多い。美に命を賭けられたということは人間に真実があると信じられたのでしょう。今、人生は楽しまねばならないといいますが、この言葉自体に誰も異議を唱えられないが、本当に簡単にこの現在、人は真に人生を楽しめるだろうか。社会が二極化し幸福感が急速に社会から遠のいている現在、本当は日本がどうなりつつあるのか、自分のこととして考える時ではないでしょうか。人生は楽しまねばの背後にどうしても社会のデカダン(退廃)の臭いを嗅ぐのは私ばかりではないでしょう。
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