デンマークのように人間の尊厳を大切にするくにづくりを願う。
しばらくお休みしました。私は暑さに超弱いのです。頭が回転せず自分の仕事だけ辛うじてやってました。本題に入りますが今の子供が何不自由ないのに突然キレたり、親に向かって暴力を振るったりするのは、親が子供が意志表示する前に子供が欲しいものをすぐ与えてしまうことがわずらわしいとか、イライラしてしまう、子供が本当に欲しているものは親の愛とか話し合いが欠乏している、そんなわけで望まないものをどんどん与えられると爆発してしまう、こんなことのようです。社会はというと、企業は現代人がストレスを感じたりしていることを探し当てそれをその時だけ解消するような製品を開発し利益をあげる。つい2,3日前、恋人とうまくいかないときにそのもやもやを解消するゲームソフトが製品化されたと報じていました。これは子供が欲しないものを親がどんどん与えてキレさせるのではなく、もやもやの恋人には喜ばしい瞬時解消できる製品と受け入れるかも知れないがパチンコと同じようにその時だけ解消していたら、人生の深刻な問題もその時逃げ切るような習慣ができてしまう。ますます自立精神は育たないのではないか。これから企業は重箱の隅を突っつくようにこのような製品の開発をエスカレートしていくのではないか。また、今日本では40から50代の女性が金を出すそうで、化粧品会社が今までこの世代をあまりターゲットにした化粧品の開発に積極的ではなかったそうです。此処に目をつけた化粧品会社が売り上げを伸ばしているとありました。私が愛読しているインド人M.Kシャルマ氏が「喪失の国、日本」の中でいっています。現代文明は若者を゛未来"と見ず゛消費者"としか見ない。また現代文明はどこか阿片と似ている。企業はどんどん儲かるが、購買者の心はどんどん蝕まれていく。彼がいうように新しい製品は人間をどんどん変容し、知らず知らずのうちにジコチュウになり、世界の資源は益々浪費され、CO2削減どころか増え続けるだろう。中国、インドなどこれから物質文明の恩恵を先進国並みに受けることを楽しみに努力、邁進しているので先が思いやられます。我々先進国は地球上にこのような非可逆な崩壊に向かう文明をつくってしまいました。あらゆる生きとし生けるものは他の命を犠牲にしてしか生きられないのです。地球上で調和をとって存在するには他の犠牲は最小限にとどめなければならないのが現行文明は人間にどんどん欲望を感じさせ、それを充たすものを競争して開発し、生き延びるために人間に害をなすものを多々生んでいます。人間は本来欲望をコントロールしていかなくてはならないことを教わっていたし、無駄をしないということは倫理でもありました。何回か書きましたが、前述のシャルマ氏は生産者の人生から学べるような距離でものを求めたいというようなことをいっています。話は飛躍しますが、マイケル.ジャクソンの葬儀、裕次郎の23回忌には物凄いひとが集まりましたが、このようなスーパースターは彼らにとって神なのかもしれません。神無き世の神、これはメデアと巨大な資本力がつくりあげた幻想でもあるでしょう。紀元前からブッダやキリスト、ソクラテスなど、幻想を払拭したところに真の存在が厳存することを説いていますが、紀元前よりも、現代が何千倍の幻想のなかで生きているのは間違いないでしょう。かつて人のつくったもののなかに人の心にぬくもりを感じさせましたが、現代の製品には本来量産と最後にスクラップになることが宿命づけられています。昔の人はものを単にものとして見ずこころがある、ということは大切にしたということです。今、ものは単にものである。現代が人をもののように殺せるのも、大量生産、大量消費、大量廃棄の流れの必然の結果ではないだろうか。現代文明は限りなく人間をも破壊し続けているのではないか。この文明の心性を変えることは至難でしょう。身近な人間とのかかわりを大切にすることから踏み出すきりないのかも知れません。
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