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2009年6月14日 - 2009年6月20日に作成された記事

2009年6月19日 (金)

若者よ大人にもっと文句をいってください。

ロシアのノーベル賞作家のソルジェニツインの「クレムリンへの手紙」の中で彼はいっています。「成長(進歩)は必要でないだけでなく破滅の因となる。狭い、汚い、地球で、人類の運命は滅び去るだろう。」 今、殆どの人がこのまま開発競争とエネルギーを消費していったら地球は危ないと感じているでしょう。このような情況の中で核開発を国是として推進している国はイラン、北朝鮮などあります。イランがウランの濃縮など軍事に向かったらイスラエルが嘗てイラクにしたようにその核施設を爆撃するだろうことはかなり予想できます。世界の多くの人々が地球がもう手遅れだと思いだしたときこんな地球無くなったほうがいいと絶望に陥ったとき、どんな事態が起きるかしれません。今までは核の抑止力という理論が機能すると信じていましたが、核が多数の国に分散、そしてごく小さな局地だけをターゲットにピンポイント攻撃ができるようになったら、抑止力理論はもう用をなさなくなるだろう。人間が生んだ核、これは科学の悪魔です。科学の成果は両刃の剣、人間の生活の進歩と戦争の殺傷度のエスカレートと等量の効果を地球上にもたらします。このように平和利用と戦略利用では善悪はっきりしていますが、そうでない日常製品が人間に善として作用するか悪として作用するかは時間の経過と研究者の粘り強い研究に待たなければ結果はわからないだろう。私はいつもゲームに敵意をもっていて子供の前頭葉の発達を阻害し脳を壊すのではないかと思っています。またケータイの機能が進化し多くの人が交信していますが深い思索や人間同士の真の交流に至るというよりは極く上っ面の交信、情報交換と日常のお喋りに留まっているのではないかとおもいます。現代人の殆どが時間を合理的に、効率的に使おうという意識をもっています。その背後にこの厳しい社会で他人に無駄(自分の生産にかかわりない)に時間をとられたくないという意識が支配しているでしょう。表層ではこの次元で速いテンポで日常は推移していますが、深い意識では退屈の塊ではないのだろうか。社会に理想とか目的がなく、人間が人生の目的を個人の物質的欲望の充足になると、それを実現しようと一生懸命頑張るが、深い意識ではデカダンに陥っていて活き活きしたもののない、退屈という魔物が巣食っているように思えてなりません。現代人は常に情報に晒されています、特にコマーシャルに。それは常に欲望をそそられ、自足というバランスを見えない脅迫によって覆えされる。例えばサプリメントのCMなどこれを摂らないと老の幸福が得られないような印象をしばしば与えます。私が言いたいのはこの文明の基本構造が限りない欲望の開発、増殖によって購買を刺激し人々はそれを得るためにひたすら金を稼ぐ。この活気さが20世紀の構造でした。しかし地球の資源と環境はこのような浪費に耐えられるほど無限でも強力でもなかった。善悪が明瞭に判定できない現代の生産品は人間の内部に入り込み人間の本質を変えるような力を持っているかもしれません。はっきりいえることはこの変化のスピードで嘗てあったようなデリカシーさが退化したことは確かです。その証拠にアートや音楽、文学でさえパフォーマンス的でないと人の感覚に訴えなくなりました。強いものが生き延びる、この強さが正しい意味でなく、現代の生産システム、金融システム、情報システム、現代生産品によって変容されてもなんとか気狂いにならずにおれる甲羅を背負った強者だけがなんとか生き残れるなんと淋しい世界が進行中であろう。世界はグローバル化を日夜つづけています。グローバル化は強者が弱者の統合というカタチで進みますが、強者とは資本がより大きいということが原則で最後には最重要な産業、金融の寡占化までいくでしょう。彼らは国という単位をはるかに越える力を持ち21世紀の神となる可能性があります。これが人類が夢見てきたものなのか、地球上には年間何千万という餓死者、紛争の犠牲者、とくにむごいのが地雷による犠牲者、日々このような事実と日々何時間のケータイで話す若者、バランスを失って簡単に殺す人間、アンドレ.ジッドがかれの作品に無動機の殺人を描いて30年後次々と現実になり、いままた殺人が人間が人間を殺すのでなく、ものがものを破壊するように殺す、ジッドという天才が文明の中の人間の変容を直感し、100年後の今、人間ははるかに更に変容してしまった。数学者、大道芸人のピーター.フランクルさんは30年日本に住んで日本人に心がなくなったのは残念といってました。100年前小泉八雲がいってたことと全く同じです。我々は何処に流されていくのだろう。私のような老いたものはいいとしても若い人たちが自分の人生の目的をどのように設定し生きる価値をどう考えているのか、彼らにどんどん借金を残す政府にたいしてどう思っているのか、かつてのように若者の意見が耳に届きません。若者よ、大人に大いに文句をいってください。

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2009年6月17日 (水)

資本主義末期にどう対処したらいいか。

科学のニュースでは2025年頃から月面で長期滞在を実行に移すという計画があるそうですがその頃地球の温暖化はどうなっているのかそんなことより心配だ。私が常々言ってるように人間が金以下になり、人間の心がもの化し人間同士の疎通も減じ、人間がものとものがぶつかり合うごとくいとも簡単に相手を殺してしまう。これにはゲームの刷り込みによる潜在意識の乗っ取られと日々テレビドラマでの殺人の日常化により殺意を行動に起こすストッパーの緩みということもあるのかも知れません。人間はある閉じられた環境のなかで暮せば、そこでの規範というものによって規定されます。私には現代の世界がおかれている現実が成文化されなくとも金がすべてに君臨する規範になってしまったということはゲームのように幼児からこの価値が刷り込まれているということです。アメリカでは小学生のときから株の勉強の講座があるそうで日本でもそういうことを追従しようという話も聞きます。小さいときから人生最高の価値が金だからそれを効率よくとることの準備をすることは賢明で親も協力する。ここから人生(現実)が熾烈な競争の場であるという認識は当然生まれるでしょう。地球がこのように危機的情況になったのも本来人間も地球の些細な一部であり他のあらゆる存在物との共生をしなくてならなかったのが突出し、人間の欲望を増殖し一見繁栄したかに錯覚してきてたった300年ぐらいでもうどうしようもないほころびが誰の目にも明らかになってしまった。たった300年で全ての人類が金を金科玉条にする文明をつくりあげたのです。潜在意識までこれが刷り込まれると人間同士もの化してしまいます。もの化とは人間が金銭の秤にかけられ単に金銭価値に置き換えられ、それは人間も単なるものと化してしまいます。これから資本主義末期の不況社会では熾烈な一秒を競う生き残り競争が激化していくだろう。そこで生き残ったとしてもトータルな人間として生き残ったのではなく企業が必要とする金を生み出す能力であり、いつ不必要とされるかはわからない。命は存在そのものに価値があるという考えはこの文明によりどんどん追いやられるだろう。人間は、今や時間を越えた価値を追求する余裕もなく、地球の終末という現実と今生き抜かなくてはならない観念によって益々心の拠り所を無くしていくのではないだろうか。こういう時代の激流のなかでどうしたら人間らしく日々生きていけるか、子供を抱え育てなければならない若いひとたちには本当にたいへんな時代であろう。先日テレビで今全国で流行っている餃子のチエーン店゛王将″のドキュメントの番組がありました。支店長の一秒を無駄にしない動き、徹底した素材の質と合理的生産システム、全支店長会議の宣誓は甲子園の高校野球の宣誓と全く同じ、日本で成功する企業の多くが昔の軍隊を思わせる人間管理感である。このような企業で長年勤まるのだろうか、私にはこの現実の中で競争に勝つ大変さと人間らしく生きることの難しさと、ドキリとする日本社会の非人間性、ここから過労死などが生まれるのだろう。現代文明が光と影をかつてないほどにくっきり浮かびあがらせたのではないでしょうか。テレビの馬鹿番組は若い特に女性を益々愚かにしています。昨日アメリカ生まれの20歳の日本人ヴァイオリニストでハーバードで物理を学び空手二段の若者の一日のスケジュールをみましたが嘗ての武士がかくもあっただろうと思わせるすごいものでした。かつての旧制中学では当たりまえでした。日本は戦前から一等国とみなされるにはそれだけの努力があったのです。敗戦後アメリカの骨抜き政策がかくも成功してアメリカ自身さぞ吃驚しているだろう。サムライ魂は外国に根付いてきているのではないだろうか。今の日本の大学生の日本語力の低下は目を覆う惨状とフランスのグランゼコールで教えた経験のあるひとがいってました。ケータイ略語が更に日本語の崩壊を加速しています。あれよあれよといってる間に金が人間の上に君臨し科学の発達は社会のテンポを加速化し人間の思考力、判断力を奪い、瞬時に決定しそれが当たりか間違いか考える間もなく次の決断に迫られる。子供のゲーム感覚的殺人、それは特殊な突発事件ではなく、理性と感情のコントロールを失えば多くに起こりうることなのである。人間はどんな風に発展すれば進化といえるのか、人間の内部に大きな空洞のできてしまった今何を拠り所に生きたらいいのだろうか。

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