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2009年6月21日 - 2009年6月27日に作成された記事

2009年6月27日 (土)

父と子の関係をキツネの関係まで戻すこと。

ラジオで北海道在住の獣医の講演を聞き大変感動しました。獣医というのは野生の動物を許可無く治療してはならないそうです。しかし時々飛べない隼の雛を小学校低学年の子供が持ってきたりして診察すると羽の骨が先天的の不完全で飛べる筈ないから諦めろ、先生が安楽死さしてやるというと安楽死って何だというので苦しまないであの世に送るのだというとじゃ殺すんだといって明日また来ますというので殺すわけにいかないでおくと次の日家の冷蔵庫から鶏肉などもってきて食べさせると雛ですから食欲旺盛、明日もきますというので殺すわけにもいかずそんな日が続くと雛も大きくなり元気になり、こどもが先生飛行訓練をやろうと胴体を布でくるみ樹に紐でつるすとばたばた羽を動かす子供は喜び翌日には紐の代わりにゴム紐に取り替えたり鳥が巣立てるように一生懸命なのにこの先生も大いに感動します。このような子供は小学4年生まで5年生になるとこういった愛情や興味は全く無くなるそうです。そして65歳以上になるとまた怪我をした動物を連れてくるようになるそうです。社会にでると競争の連続で自分の目先の問題を切り抜けることで精一杯で余裕が全くなくなるのでしょう。現代は生き抜いていくだけで実に大変なのでしょう。私の人生の大半も銅版画の一技法のメゾチントにかまけて世の中を見渡す余裕もなく過ぎてしまいました。この獣医先生は長い間狐と狸を観察してオスの役割を知りました。彼は餌のネズミなどくわえてくるとメスが尻尾を振って出迎えるとオスは意気揚々とメスの前で餌を放すとメスはそれをくわえて子達のところへさも自分がしとめてきたように差し出すのです。メスはオスを尻尾を振って迎えるとオスのプライドは満足し迎えにでないと途端に元気がなくなるそうです。子達がおおきくなりる狩の訓練や縄張り争いの模擬訓練になると母親よりも父親の出番になり子達も教師として母親から父親に代わり役割分担がオスのプライドを維持するということです。メスがオスの行為に喜びと感謝をあらわさないとオスは如実に元気を失うそうです。これは人間の家庭に全く当てはまります。昨今家庭内での父親像が希薄になり、特に単身赴任などは極端に存在感が失われることでしょう。現代の家庭の崩壊や子供の躾けの欠如は父親が家庭の中でしっかりした役割を担っていないところから来ているのではないでしょうか。文明は進歩したかに見えますがいつの間にか男と女、親と子の関係が根本の所で失われたのではないかとこの獣医先生の話をきいて目からウロコが落ちました。もう一つカモのこどもが溺れた話、カモの子は母親の羽の下で保護され外敵から守られますが効用はそれだけでなく母親と子の羽の接触による静電気が水に入っても反発して沈まなくするそうです。母親が子をほっておき過ぎると静電気が子の羽に十分帯電しなく溺れるというわけです。また子は親のすることを100パーセント真似て育つそうです。だから泳ぐキツネの親に育てられたら子も泳ぐようになるが別の親の子はまたその親固有の行動しか受け継がないそうです。動物の世界では親の教育が100パーセント子の一生を支配していく、おそらく一つがいになったら父親と母親から両方から子は受け継ぐのでしょう。そこに進化が生まれるのでしょう。嘗て農業、職人、世襲の仕事などは父親が師匠でもありました。彼は子に仕事ばかりでなく人間としてのあらゆる躾け礼儀作法など、即ち全人教育をしました。今でもこのようなカタチは残っていますがマイノリテになりました。人間にこういった社会にカタというものがあり規範がしっかりしていた時代は子は安心して大人の後をいくことができました。たとえ大人を批判しても大人はそれを受け入れて、大人になったとき大人を理解でき、若者の反抗も受け入れる大人になります。しかし今日のように社会の変化が急速で大人の背中を見ていては生きていけないようなシステムや価値の変化の中では世代間の溝は小刻みになりますます断絶は大きくなります。今日の人間の混乱は、文明即ち生産、流通、金融など人間のコントロール不可能に自己増殖し人間の本性とどんどん乖離していくことに原因があるのではないか。これもつまるところ人間の脳が原因をつくったのは勿論です。これには西欧の合理主義が大きく関わっているでしょう。合理で得られるものは真実トータルではなく一つの局面に過ぎない筈です。ここからの一つの真理を演繹していった時、トータルの真実そのものとは必然的に乖離を起こす、このひずみはこのままで行くと人間を益々不幸にしていくだろう。現代人は何処まで人間の根本と言うか基本まで自覚して戻せるかが地球の滅亡から人類とあらゆる生存物を救える鍵ではないでしょうか。

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2009年6月26日 (金)

大正期の夭折画家の爪の垢を煎じて飲もう。

梅雨といっても昔のようにじめじめと雨が降らなくなったようです。住宅の環境も除湿機があったりエアコンも室内の湿度をコントロールしてくれるし、梅雨といったマイナスのイメージはなくなった気がするのは私ばかりではないのではないでしょうか。神奈川から宮城の松島に移り住んだ友人、これから温暖化が進むと北海道の次に東北が住み易いところになるでしょう。何十年後には東北は一大ミカンの産地という予測もありますから。暑さに弱い私には7,8月が近づくと戦々恐々になりますが、去年の夏は7月末から8月初旬にかけて銀座で個展をしたこともあって緊張していたのでしょう。暑さにまいりませんでした。ただこ個展中の銀座の暑さは記憶にあります。今年は夏は何も無いのでバテないか心配です。今日の当地は32℃といってます。昔は猪苗代湖湖畔の土地は平地で1.5メートルは降っていた土地が今は50cmも降れば良い方で60年間でこれだけ温暖化が進んだことは事実です。冬に雪が降らないと水不足になり水道水や井戸水をポンプで汲んで農作物に掛けねばならずコストもかかるでしょう。現代人の生活が日々金がかかるようになり専業農家も減り、長男が都市に働きにでるようになり、農村がさびれ無人の農家が多い村もあります。敗戦以来64年、人間の豊かさとは何かを考えずにひたすらお金を追い求めて、農村ばかりでなく日本人のこころも荒廃してしまいました。前回にも書きましたが、アシストというITのソフトをつくっている700人の会社を30年経営しているアメリカ人のビル.トッテン氏の会社は終身雇用で70歳まで働けるそうです。彼がいうにはかつて日本にあった終身雇用制度はこれからも通用する一番優れた雇用システムだといっています。安心して一生会社のためにつくすことが出来会社の社長が父親のように社員の面倒を見、お互いが信頼関係でつながる。かれは30年それを実践して会社を大きくしなくても安定してやっていけるといっています。嘗ては日本の優秀な中小企業が活気がありましたがグローバル化の流れの中で安い労賃のインドネシア次いで中国これからはベトナムなどに工場をつくり生き延びています。こんな世界の流れに流されていたら国内にいる中小企業は凄い真似のできないものを世界に売らなければますます惨めになるでしょう。此処でトッテン氏が実践している理論に耳を傾け弱肉強食型のアメリカ型から決別することを国是として新しい人間の、社会のシステムをつくりあげていかねば日本人が本来の心の豊かさを取り戻すことは永遠に不可能になりどうしようもない国になっていくだろう。嘗ての企業経営者は企業の目的は社会に貢献することだとはっきり認識していました。松下幸之助、本田宗一郎、土居敏夫など人格者は皆から尊敬された。しかし今の経営者はひたすら利益をあげることが手段が目的になってしまった。言い換えると経営者は株主に利益を与えることが最大眼目になってしまった。アメリカそのものになってしまった。日本人は表面は日本人でも中身はアメリカ人、人を蹴落としても利益が上がればいい。企業や官僚の嘘は当たり前になって、何が本当か見分けがつかなくなってしまった。子供や青少年は大人のこんな社会をどうみているのだろう。そんな大人の金唯一の価値観から援助交際など派生してきたでしょう。繊細な若者がこんな社会を前にして正当に闘う意志を持続できるのだろうか。すべての人間の堕落は金を越える規範を社会が喪失してしまうことからきているでしょう。たとえ建前としても規範はしっかり立てておかねばならないだろう。もし社会が「人生は所詮金と肉の欲望だもんなあ。」と通念化したとしたら、社会は既に統制を欠き教育もすべてが存在不可能になるでしょう。外見整えば内部が正されるというような言葉がありますが。言葉や服装が乱れればやはり内部の規律は整わないでしょう。この第二次大戦が終わってから世界の各国で持してきた何百年続いた美質が急速に失われた。大切なものは長い試行錯誤によって判定されカタチとなるもので、この64年は先ず捨てることをすれば新しいものが出てくるだろうと安易に捨て去りました。今捨て去ったものの大切さに気がつき始めたのではないでしょうか。真に日本を愛し卓見のあるビル.トッテン氏のような人の日本人へのアドヴァイスは真剣に検討する必要があると思います。大正期まだ洋画家が今のように食べられなかった時代、洋画家を志、家が貧しいものは結核を覚悟、それこそ命懸けで美の女神のために二十歳代で夭折した画家も多い。美に命を賭けられたということは人間に真実があると信じられたのでしょう。今、人生は楽しまねばならないといいますが、この言葉自体に誰も異議を唱えられないが、本当に簡単にこの現在、人は真に人生を楽しめるだろうか。社会が二極化し幸福感が急速に社会から遠のいている現在、本当は日本がどうなりつつあるのか、自分のこととして考える時ではないでしょうか。人生は楽しまねばの背後にどうしても社会のデカダン(退廃)の臭いを嗅ぐのは私ばかりではないでしょう。

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2009年6月25日 (木)

ビル.トッテン氏の日本と日本文化を愛し、脱アメリカを一刻もはやく実行とのアドヴァイズに感謝したい。

ビル.トッテン氏の「脱アメリカ」が日本を復活させる、という本を読んでいたら、私が尊敬する今は亡きアメリカ人のアジア学者、ヘレン.ミアーズ女史の1948年に発表された「アメリカの鏡、日本」について語られていた。ミアーズ女史は敗戦直後にGHQの招きで日本の新しい労働関係の諮問委員の一人として来日し、日本の歴史を研究すると何処にも他国を侵害するような事実も傾向も無い事に気がついた。秀吉の朝鮮出兵も彼独断で反対もありました。江戸時代をみてもむしろ鎖国をして平和を楽しんでいました。GHQとしては日本民族は本質的に侵略民族で世界制覇をもくろんだ民族でこれを永久に阻止してゆかねばならないを目的に日本をコントロールすることが最大眼目であった。帰米直後に書いた「アメリカの鏡、日本」はマッカーサーにより日本で出版禁止になり、全米でこの本が猛批判されニューヨークタイムズの批判に答えたのが次ぎの文章だ。「この本の目的は、人々は何故戦争を始めるのか、アメリカ人が如何ににして平和を保つことができるかを考えることにある。私は格別、親日的なわけではない。ただ、明らかに誤まっているアメリカ人の日本理解を日本人の立場から正確に分析しようとしないままで、いかにして次の戦争を防ぐことができるというのか」。彼女の考察では日本が欧米列強が次々にアジアを植民地化する現実のなかで欧米の科学技術を取り入れ植民地にならないよう必死に彼らを学んだ列強の最優等生なのだ。日本はアメリカが旧スペイン領のフィリッピンやガムなどを自国の植民地にするやり方を真剣に学んでアジアで唯一一等国といわれるまでになったのは、彼らの最優秀生だったからだ。日本人は本来農業国で遊牧の好戦民族ではないはずだ。そこをミアーズ女史は指摘し、アメリカはもっと日本を逆に学び、日本から戦争をしかけさせるような間違いを起こしてはならないという警鐘の本であったのです。真実を世に知らしめるインテリの責任をあの雰囲気の中で果たし、結果、学会から干され失意のまま80何歳かの一生を終えました。ジム.トッテン氏はミアーズ女史の「アメリカの鏡、日本」を推奨されています。トッテン氏はこころから日本と日本文化を愛し、日本がアメリカになってしまわないことに命を賭けて活動しておられること、そして警告する内容に耳を傾けるべきと思います。日本人がどう日本の美質を失っているか、反対にアメリカの本質が侵略であり、アメリカの指導者が少数の資本家のために政治を行い、世界を彼らのシステムの支配化に置こうとしていることは、ベトナム戦争介入、中南米への介入、イラクへの侵略などみてもわかります。しかしアメリカの価値観は時代遅れになってきました。世界が人間らしく生きることが了解事項になり巨大な資本が巨大な利益を生んで世界を支配するには地球そのものが耐えられなくなったこともう利益をあげるシステムが先ゆかなくなり、新しいソーシアル.ビジネスという株に配当のつかない人々の幸福に貢献する経済のシステムの時代が幕上げしつつあります。今日ほど大きな転換期はないでしょう。トッテン氏の数々の本により私の世界観やアメリカ観、日本文化や伝統精神への尊敬が一段と強まりました。アメリカの御用学者も自分が何をして、日本の役にたっているのかをもう一度考えてみてはいかがでしょうか。人間の文明は弱肉強食をコントロールして弱きものをも一緒に平和に暮せるように努力した筈が今日再び弱肉強食型に逆戻りするのはアメリカ型システムが人類の進化、進歩に逆行していることの証ではないのか。アメリカが日本にたいする最悪のシナリオは日本が中国と提携することだといわれています。その最悪のシナリオにたいしてもシミュレーションはできている。最終世界戦争のシミュレーションもできているでしょう。日本が長らくアメリカまかせだった平和や防衛についてもう一度根本から日本という国と世界の流れを考えて再出発することは真の愛国心を育てるに避けて通れない道だと思います。このままアメリカのいいなりを続けていたら、アジアからも西欧からも尊敬はされなくなるでしょうし、世界の流れに遅れてしまうでしょう。日本の存亡をこころから心配しているトッテン氏のような方が日本に住んで警鐘を鳴らしてくれるのはそれだけ日本の文化や伝統精神が無くなってはならない、人類の遺産と思っておられるからです。有難い友人です。

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2009年6月21日 (日)

現代文明は脳にひずみをあたえ多重化し、その悲鳴はいよいよこだまする。

最近のニュースで女子教師が半年ぶりに草むらで絞殺死体で発見されたことを報じていました。彼女が学校から預かっている金の中で550万円が引き出されていたということです。生徒からとても人気があったということです。いつも事件があり事件を起こした生徒を校長や教頭など真面目ないい生徒など同じことを繰り返すので責任逃れもいい加減にしてくれと思っていましたが、実際真面目な生徒がある日突然変異のように壮絶な事件を起こすことが本当とわかってきました。この女教師も生徒が好きで教えることが好きないい教師だった事は彼女の顔写真をみてもわかります。でもどうしてこんな事件に巻き込まれたか、これは私の想像ですが、学校を離れ外食や一杯飲むような場所で異性と言葉を交わし交際が始まり、それがまともでない人間であることも当然あり得ます。しかし今の若い人たちの多くが理性からの判断よりよく言えば感覚で決めて付き合うのでまたいまの女性が真面目一方の人間を好まないことも事実でヤーさん的な男と関係をもつこともあるだろう。彼女の父親は元有能な刑事で男としてなかなか魅力のあるタイプのようです。彼女の好みもそんな傾向はあったでしょう。付き合っているうちに金を貸すハメになり彼女としては当然返してもらえると思って請求した、一方相手としては肉体関係もあり当然返す気なんて最初っからありません。それでもめて殺されたというのが私の想像です。今、こんなことが多く起こるのは、社会に規範がなくなり、また社会が人間の要求に対して多様化、重層化し厳しい現代生活の要求(ひずみ)を金で簡単に一時的に充たしてくれるところが準備されています。教師のように世間的に一目おかれる職業の人間、しかもモラルの拘束力がほとんど無くなった今日、つかの間の欲望を充たすことにあまり心の痛みを感ずることなくテンポの速い、また問題児の多い今日教師たちはかなり精神をやられるだろう。社会には見えないが一度はまると抜け出られないような組織があります。いわゆる暗黒の世界です。全て最初は甘美に思うでしょう。現代の恐ろしさは昔のようにヤーさんが一般人と見分けがつかなくなってきているということ、それよりも女の性の経験が早くイージーになって、エンコウなんてモードみたい、いやもはや社会に根付いてしまったようです。話はややこしくなりましたが、現代の青少年も脳が多重化しているのではないだろうか、日常は全く平常で脳の別な層ではマンガやゲームでつくりあげられた価値の世界観、人間観、これは感情をコントロールする世界と正反対の感情を解放、爆発するものだろう。日常性の我慢が無意識層に堆積しあるときダムが決壊するように事件となって終息し元にもどったときその時の感情を説明できないのではないか、たとえ計画してやったとしても既にその時は日常世界でない異層で考えているのだろう。外見普通の人間があるとき、とんでもない事件を起こすということの背景には人間の存在や思考(無意識的思考も含めて)が多層化、重層化した世界を自ら意識化とコントロールできなくなったという事実があるのではないか社会の進歩といっているものが実は脳にかなりの負担、重圧をかけ、事件はその悲鳴そのものではないか。現代生活を受け入れて日常何とかやっていますが一人として何か、どっかがおかしいと思わないものはいないのではないか。アメリカインデアン、ナバホの古老は「白人は我々が要らないものばかり与える。彼らは我々が何万年住んでいた土地を奪い開発と称して神の意志に反して自然を破壊し取り返しの効かないようにする。」と。以前テレビでポリネシアだったかの島がマンガンがか何か鉱石がありかつて椰子の茂った平和の島だったのが白人の企業が採掘権を得、島人に多額の金を支払い若者は最新のバイクを買い遊び呆け、大人は採掘場で働き彼らの伝統的な椰子や畑作や漁業をやめ輸入の食品を日常食する。数年後、鉱石が払拭すると完全に企業は引き揚げる。島に残ったものは巨大なすり鉢型の穴荒廃した畑、古くなり部品も輸入できなくなった壊れたバイク、輸入の食品による肥満、それよりも何万年祖先より受け継いだ豊かな自然とそれによって恵まれた生活と健全な肉体と精神、これらがすべて破壊されてしまいました。前回に書きましたがロシアのノーベル賞作家のソルジェニツインが「クレムリンへの手紙」に「成長(進歩)は必要でないばかりか破滅の原因となる。この狭い、汚い地球で、人類の運命は滅び去るだろう。」と。我々は300年西洋の原理で文明を近代化して、地球滅亡の危機が現実感を持ち始めた今、西洋の原理が本質で誤りを犯していたと判定せざるをえないだろう。しかしここまで時代の潮流が惰力を増せばもはや人為でどうすることもできないのかもしれない。地上に気象や地表や軍事的情報を与える目的で打ち上げられた人工衛生の残骸が秒速3,000mで回っているそうです。我々の文明は限りなく宇宙や地球を汚し、我々自身をも限りなく汚していってるのではないのだろうか。

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