父と子の関係をキツネの関係まで戻すこと。
ラジオで北海道在住の獣医の講演を聞き大変感動しました。獣医というのは野生の動物を許可無く治療してはならないそうです。しかし時々飛べない隼の雛を小学校低学年の子供が持ってきたりして診察すると羽の骨が先天的の不完全で飛べる筈ないから諦めろ、先生が安楽死さしてやるというと安楽死って何だというので苦しまないであの世に送るのだというとじゃ殺すんだといって明日また来ますというので殺すわけにいかないでおくと次の日家の冷蔵庫から鶏肉などもってきて食べさせると雛ですから食欲旺盛、明日もきますというので殺すわけにもいかずそんな日が続くと雛も大きくなり元気になり、こどもが先生飛行訓練をやろうと胴体を布でくるみ樹に紐でつるすとばたばた羽を動かす子供は喜び翌日には紐の代わりにゴム紐に取り替えたり鳥が巣立てるように一生懸命なのにこの先生も大いに感動します。このような子供は小学4年生まで5年生になるとこういった愛情や興味は全く無くなるそうです。そして65歳以上になるとまた怪我をした動物を連れてくるようになるそうです。社会にでると競争の連続で自分の目先の問題を切り抜けることで精一杯で余裕が全くなくなるのでしょう。現代は生き抜いていくだけで実に大変なのでしょう。私の人生の大半も銅版画の一技法のメゾチントにかまけて世の中を見渡す余裕もなく過ぎてしまいました。この獣医先生は長い間狐と狸を観察してオスの役割を知りました。彼は餌のネズミなどくわえてくるとメスが尻尾を振って出迎えるとオスは意気揚々とメスの前で餌を放すとメスはそれをくわえて子達のところへさも自分がしとめてきたように差し出すのです。メスはオスを尻尾を振って迎えるとオスのプライドは満足し迎えにでないと途端に元気がなくなるそうです。子達がおおきくなりる狩の訓練や縄張り争いの模擬訓練になると母親よりも父親の出番になり子達も教師として母親から父親に代わり役割分担がオスのプライドを維持するということです。メスがオスの行為に喜びと感謝をあらわさないとオスは如実に元気を失うそうです。これは人間の家庭に全く当てはまります。昨今家庭内での父親像が希薄になり、特に単身赴任などは極端に存在感が失われることでしょう。現代の家庭の崩壊や子供の躾けの欠如は父親が家庭の中でしっかりした役割を担っていないところから来ているのではないでしょうか。文明は進歩したかに見えますがいつの間にか男と女、親と子の関係が根本の所で失われたのではないかとこの獣医先生の話をきいて目からウロコが落ちました。もう一つカモのこどもが溺れた話、カモの子は母親の羽の下で保護され外敵から守られますが効用はそれだけでなく母親と子の羽の接触による静電気が水に入っても反発して沈まなくするそうです。母親が子をほっておき過ぎると静電気が子の羽に十分帯電しなく溺れるというわけです。また子は親のすることを100パーセント真似て育つそうです。だから泳ぐキツネの親に育てられたら子も泳ぐようになるが別の親の子はまたその親固有の行動しか受け継がないそうです。動物の世界では親の教育が100パーセント子の一生を支配していく、おそらく一つがいになったら父親と母親から両方から子は受け継ぐのでしょう。そこに進化が生まれるのでしょう。嘗て農業、職人、世襲の仕事などは父親が師匠でもありました。彼は子に仕事ばかりでなく人間としてのあらゆる躾け礼儀作法など、即ち全人教育をしました。今でもこのようなカタチは残っていますがマイノリテになりました。人間にこういった社会にカタというものがあり規範がしっかりしていた時代は子は安心して大人の後をいくことができました。たとえ大人を批判しても大人はそれを受け入れて、大人になったとき大人を理解でき、若者の反抗も受け入れる大人になります。しかし今日のように社会の変化が急速で大人の背中を見ていては生きていけないようなシステムや価値の変化の中では世代間の溝は小刻みになりますます断絶は大きくなります。今日の人間の混乱は、文明即ち生産、流通、金融など人間のコントロール不可能に自己増殖し人間の本性とどんどん乖離していくことに原因があるのではないか。これもつまるところ人間の脳が原因をつくったのは勿論です。これには西欧の合理主義が大きく関わっているでしょう。合理で得られるものは真実トータルではなく一つの局面に過ぎない筈です。ここからの一つの真理を演繹していった時、トータルの真実そのものとは必然的に乖離を起こす、このひずみはこのままで行くと人間を益々不幸にしていくだろう。現代人は何処まで人間の根本と言うか基本まで自覚して戻せるかが地球の滅亡から人類とあらゆる生存物を救える鍵ではないでしょうか。
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