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2009年7月12日 - 2009年7月18日に作成された記事

2009年7月17日 (金)

人間の龍背骨である道徳を教えることは絶対必要だ。

子供のときから一生決してなくならない自分の闇、これに蓋をして通り過ぎようとする教育、成績も悪くないよい子がある日突然信じられないような事件を起こして世間の話題になっていますが、これは闇と対決、或いは理解しようとする努力がほとんどなされていないことから来ているのではないか。人間にはどんな立派な人間でもある人間を殺したいと思うことや地球が崩壊してしまったらとか、強姦したい、或いは自分をこの世から抹殺したい、或いはひとの不幸を喜ぶときも無きにしもあらず。闇の部分には悪が充満しています。忙しい日常ではこの闇を意識する瞬間は殆どないが存在し続け、このようなストレス社会(動物としての自然に逆らう)では闇の毒抜きがなされないのでかえって蓄積され続けているのではないか。昔人間蒸発がはやり課長などの要職の人間がある日忽然家族を捨て消え山谷のどや街で生きていたり映画にもなりました。子供にこの闇を見させ人間はこういう半面を担って一生生きていかねばならない宿命をみな持っていかねばならないと教えたら、母親をバラバラにして首を持って警察に自首した高校生がありましたが、精神鑑定の結果は分りませんが、今は正常な人間が何をするか分らないということは己の闇について知らずにいてそれをコントロールできないところから来ているのではないかと思うのです。物質文明になって表面だけきれいに見せる習慣が身につき自分の闇を覗く勇気に蓋をしてしまった結果が世の中をかえっておぞましいものにしているのではないか。今、教師たちは援助交際をやってはいけない理由を生徒に自信をもっていうことができるだろうか。もし私なら今の文明は金がすべての尺度だから皆がセックスを金にする気持もようく分るが、これは大人たちがつくりあげたものでものと金とを追い求めた結果、地球の未来があやふいものに追い込んでしまったのだ。簡単に一杯のコーヒーを飲むようにやっていると精神的な感動を伴わないセックスしかわからなくなるだろう。たとえ結婚しても耐える力がなくすぐ別れたりするようになり易い。例えばクルマなど新型モデルが出るたびに買い替えたりその度グレードをあげたとしたらきりがなくなり、自分の今乗ってるクルマにたいする愛着も長続きしなくなるだろう。物質生活にずんぶりひたるとものは使い捨て人間同士もそんな感覚になってしまう。いくらセックスを金で割り切っても深い人間性はピュアでそこを汚す事は自分に跳ね返ってきて幸福を手にすることは至難になるよといいたいですが、おじん何子供みたいなこと言ってるんだといわれるかもしれません。小さいうちから人間の闇を見させ人間というものを考えさせて教育していったら教師も人間を成長させねばならず生徒との間関係も良い方にかわっていくのではないか。山形県のキリスト教独立学園の教育方針も各人の闇を見させ理解させる。解答の道筋を教えるのではなく、根本の疑問を発することを重視する。今、日本はストレスを解消するのに実にイージーなことを企業がこぞってやっている。極言すれば最早物質文化はストップして精神文化に切り替えなければならない、ソルジェニツインが」いってる通りだ、日本人は機械を受け入れすぎて、その結果人間がどう悪く影響を受けるかの検証に実におろそかだ。私にはゲームがこどもの脳を破壊していくのではないかと恐れています。素晴らしいこどもや高校生も少なからずいます。それは親や素晴らしい教師や社会人に出会ったからだ。精神や魂の感動は金銭価値を遥かに超えていると信じたいです。教育に道徳は絶対必要でしょう。

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2009年7月16日 (木)

この変化激しい世の中でぶれない人間になりたいものだ。

山形県にある100パーセント寄宿制の高校、キリスト教独立学園校長、安曇力也先生の話に感動しました。生徒にはケータイ禁止、学校、寄宿舎にテレビを置かないと聞き昨日全然テレビのスイッチを入れないで本を読むことにしたらとっても心が静かでした。同年代の友人この頃パソコンをやめたといってました。旅行が好きで年5回以上ご夫婦で国内外旅行してます。いらないものをはぶいていくと身辺がすっきりして心が落ち着くようです。私などはまだ現役なので心すっきりとはいきません。それに体力は少しずつ落ちていますので仕事量も少ないです。昨日フランスの親友の奥さんからメールがあり昨年ご主人が隣人の重い家具を移動するのを手伝って腰を痛め左脚もやられ散歩が出来なくなったとありました。69か70歳だと思います。元来夫婦して例外的に親切な人たちで私たちどれだけ親切にしてもらったかわかりません。彼も自分が年とって体のガタに気がつかないで若いと思ってやったのでしょう。70過ぎると1年ごとにガタがきます。とにかく特に年取ってきたら生活は簡素にそして本を多く読んで人生最後をそれなりに完成したいものだ。特にボケだしたらどうしようもなくなります。私もこの頃怒りっぽくなっているので始まっている可能性はあります。人間が人の手を借りて長生きする文明も考えものだ。これから若いひとたちが生きていくのはますます大変になるだろう。100歳の高高齢者、8,90代の中高齢者、70代の初期高齢者と三つに分けなければならないだろうし、社会に精神病者もますます増えるだろうし、それに社会に未来が無いとなれば若ものが元気もでないでしょう。我々は極力若者の手をわずらわせないように鍛える必要があります。とにかく今社会のあり方を根本から変え始めないと自滅するきりなくなります。小さいうちからしっかり社会の規範を教え大人もその自覚をもって日本をよくするようにすれば急速に良い方へ向かうでしょう。新潟のセイワ学園や山形のキリスト教独立学園が実証してくれています。今は亡きセイワ学園の最初の太田校長は大学を卒業した新卒を採用し10年もたつと素晴らしい教師になるといってました。勿論素晴らしい指導者の許でのことですが。前回書きましたが人間の内部の闇に蓋をしていては人間が或いは自分が何者であるか遂にわからず、社会に流されっぱなしになり、他者に拮抗する力を涵養できず、羊の群れのなかで21世紀の奴隷になってしまう可能性があります。今の日本人は自分で思考せず他の権威と称するものに委ねるという自己放棄の傾向が強いです。例えば自分がモダンアートのスタイルでやっているから私は新しいことに取り組んでいると錯覚しているひとが多いです。これも思考停止といっていいでしょう。今の日本では自分の孤独と向き合って何かを探すという大事な大事な基本を失っているのではないか。一つのことをやっていくということは長い長い時間に耐えていくことの連続でそれは直接金に結びつくものではなく生命という地金をただ鍛えることだけですがそれが最大の喜び、ただそれだけです。仏教学者の紀野一義先生が鎌倉時代の日本人にあった゛ただやる、"ということがもう日本人にはやれなくなったとおっしゃっておられる。ぶれない人間がいなくなったということでしょう。キリスト教独立学園の教育に敬意を表し、ぶれだした私自身を大いに反省し軌道修正しないととおもいます。

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2009年7月15日 (水)

じいさん(ワレのこと)、もっと力を出しなさい!

山形県にキリスト教独立学園という100パーセント寄宿生の高校があり素晴らしい教育をしていることを知った。安曇力也という校長先生が素晴らしく、ある結論に導く道筋を正しく整然と教えることよりも、自ら疑問を持つことがもっと大事という観点から教育をしているとのことです。現代の教育では結果を急ぎ子供がもっている内部の闇を見つめることをしなく蓋をして避けていっている。こどもたちは極く小さいときから心のなかに堅い殻を持っていてその内部には不安を抱えているといっておられる。この内部の闇に果敢に入っていかずに人間の真の教育も成長もないといわれる。長い教育の現場で悟った事は教えようとしても絶対に教えることができず生徒自身が悟るきりないそのものが教育では一番大事なものともいっておられる。教育は種を播いて20年、30年後に実る、いわば待つということが大事なのに今はすぐ結果をだそうとし、目的とする人間像を教育界も社会も見えないまま不安のなか、しかもテンポが加速するなかで一定の結果を出す焦りのなかにいます。この校長先生は生徒に心の一番深いところで何を望んでいるかを探すようにいっているそうで、それが掴めた時、そのために命を賭けて頑張れるそうでその発見はすべての人間に可能なそうです。その変容の現場に立ち会った時その僥倖に教育者としての喜びを感ずるそうです。学校ではテレビとケータイはご法度、生徒も教師も毎日順番に自分の内部を皆の前で話します。今の日本の生徒は知識は沢山詰め込まれているが自分の内部を言葉にすることは非常に不得手なそうです。いつも私がいってるようにケータイの間断ない会話が人間を浮薄にするのは当然中の当然です。ケータイ中毒に国民の多くが罹っています。新潟市にセイワ学園というキリスト系の三分の一くらい寄宿の高校があり初代校長に太田先生という方がおられこの安曇校長もそこで奉職されていました。安曇校長はその太田先生の薫陶を受けられたのがその人間の香りでわかります。今こそ日本が教育を根底から変えなければ日本に未来はないでしょう。今の日本はアートも合理的に金を稼ぐ手段になりました。企業も社会に奉仕するかつての目的も利益をあげて生き残ることだけになりました。文明は人が望む欲望を瞬時に充たす方向に向いています。その欲望を瞬時に充たしても又別の欲望を瞬時に充たす、それは麻薬にはまるのと同じです。とにかく規範の喪失とあまりのテンポの速さが大きな原因です。今のままでは人間の力で減速はできません。戦争でストップでもない限り。この現代人のイライラが引き金となりうるので世界中の人間が目を見開いていなければならないでしょう。世界の十分の一の人間が変れば世界は変わるといわれます。その伝でいうと十分の一の日本人が変革すれば日本は変るということです。十分希望はあります。安曇校長は子供の根本の変容を実体験し彼らの未来に希望を抱いています。教育って凄いと知り嬉しいです。私も根本からの変容をしなければ今まで生きてきた誤りを修正できないと思わされました。じいさん、もっと力をだしなさい!

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2009年7月14日 (火)

人間を根本から考えることに遅すぎるということはない。

自民、民主両党の攻撃合戦を見ているとこんな連中が日本号の舵取りをやっているのかと思うと情け無くなってきます。もっと政策そのもので勝負してもらいたいものですが、今の議員の人物では無理でしょうか。国民もメデアも小さいことに引っ張り込まれずハッパかけ、大きな問題に焦点を絞らせるようにしていかねばなりません。私には一番重要なのは日本を将来どういう国にするか、そのためには人間の価値を何処に置くか、そしてその人間形成には教育をどう行わねばならないか。人間教育に勝ち負けをつくってしまったら幸福な国なんてできっこありません。若い時一生やる仕事を決めたらそれが続けられるような安定した社会に保つ事が大事です。社会が無制限に変化しすぎると安定の維持は不可能に近いでしょう。今日テレビでこの頃ポット(魔法瓶)がはやっていてエコ運動として自分でお茶やコーヒーを入れて持ち歩く人が増えているとのことですがテレビ局でデパートのポット売り場を取材したら400種陳列してありました。これは無駄な競争と思います。20年前のモデルと機能を調べたら全く同じで只重さが半分になっていました。日本でなら古いのは捨てるひとが多いでしょうがおそらくイギリス人なら古いのを可能なかぎり使うでしょう。80年前のボイラー今でも多くの家で使っていますから。どちらがこれからの世界で良いかといったら勿論使えるものを長く使い社会のテンポを減速するようなありかた、生き方でしょう。自己コントロールするようなモラルを定着させることが人間をいたずらに駆り立て不安に陥れるような社会から安心して生きられるものに変えていかねば人間も地球も崩壊への道を加速化するだろう。不況になって革製品の修理がはやってきたり世の中に金が動かなくなると倹約心がおきてきます。大変よいことです。昔はこうもり傘の修繕屋、鍋などの鋳掛屋など修繕屋がいてものを大切に使いました。20世紀になってから大量生産、大量消費、大量廃棄になりものは使い捨てになり、人間も使い捨て、殺人もものがものを壊すように殺すようになりました。ものを大切にしないとやがて人間自らをも大切にしないようになることが20世紀の実験を通して顕わになりました。これも元を正せば西欧の考え方、即ち、人間中心主義、彼らの二元的合理主義、それによって発展した科学とその技術、それとプラグマチィズムによって金や資本の価値が人間そのものを超えてしまったところに今日世界の混乱の原因があると私には思えてなりません。このままグローバリゼーションが進み各民族、部族の文化が世の中から消えるようになったら人間は根無し草になり何を誇りに生きて良いか、ひたすら金を追いかけ、科学技術の発達による瞬時に欲望を充たされる環境が極く一部の人間が可能となって、地球そのものが共生して幸せになるとは想像できません。嘗て日本人は岡倉天心の゛茶の本"にも書いてあるように一服の茶に宇宙を感じ、戦闘中にも茶会を開いてしばしこころをなごませました。そんな時代の日本を西洋は野蛮と看做し、列強と拮抗する軍事大国になって初めて文明国とみとめるようになった。ネイチヴアメリカンのナバホの古老が白人の文明は人間としてスタートラインにも立っていないといっています。限りなく自然を知っていて優しい彼らに比べ白人はいかに猛々しい民族であったか。我々は文明や人間のあり方の根本をもういちど考える事が必要なのではないか。

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2009年7月13日 (月)

ホームレス(私も精神のホームレス)と話す。

朝、市の公園を自転車で散歩の折あずま屋に座っていたり箒でその辺を掃いていたり、ここ4年時々見かけていて一度話しかけたことがありましたが相手がそっけないのでそのまま帰りました。今朝、またあずま屋で文庫本を手にしていたので話しかけたら機嫌がよくのってくれ色々聞きました。ここにもう6年住んでいるとのことです。時々新興宗教の人が来たり市の人がきたりするそうですが世話になる気がしないようでこの生活を続けています。この街のホームレスは先年共産党が全てアパートに入れたそうです。かれはホームレス暦6年というのにさっぱりしているので風呂にはいっているのといったら定期的に入っているそうです。年金でもあるのか古本屋で時代物を仕入れて日中雨でも降らない限り此処にいて本を読んだりラジオを聞いています。食事はコンビニその他から買ってきて自分ではお湯も沸かさないそうです。69歳顔色もいいです。本を毎日読んでいるということが精神を正常に保っているのでしょう。知り合いは極力持たないようにしているそうです。夜には街中に出て行くそうです。彼は酒は一滴も飲まないそうです。パリのホームレスをクロッシャールといいます。教会の鐘が鳴ると只の食事が振舞われることから(鐘楼をクロッシュといいます。)きていると聞いたことがあります。パリのクロッシャールの殆どはアル中です。顔を見れば酒やけしてわかります。冬など気候が厳しいので飲むようになるのでしょうしぶどう酒は安いのがありますから、通行人結構金くれるので酒代にこと欠きません。私の街でも何人かホームレスがいますがアル中らしいのを見たことはありません。人格崩壊もフランスよりズーッと少ないとおもいます。フランスでは個人主義のせいかホームレスになり人格崩壊がはやいです。厳しい社会なのでしょうが年中目にしているとパリの景物で人間の自由を認める多層社会で私のようなアウトサイダーには合います。厳寒のときなどメトロのホームを開放し簡易ベッドをいれて助けます。この頃気がつくのは24時間営業のスーパーの巨大パーキングにクルマを停めて日中働きにいきそこで寝るひとを時々みかけます。この公園にも最近1台のクルマが停まっていて二人の男のうち片方は日中はたらきにいき片方は朝早く廃品回収にいくそうです。私たちが考えている以上に不況は若い人たちに吹き寄せています。都議員選挙では民主党が議席をのばしたようです。自民党政権が長くやってきて国民の真の実情から目を背けているのは確かでしょう。なんでも長く同じ事をやっているとマンネリ化するだろうし、水もよどんできます。若いひとに定職が無いということは未来に、人生に夢がもてないということです。こういう状態では結婚に踏み切れないので少子化は進むでしょう。来る衆議院選挙で民主党が圧勝し政権交代しスローガン実現に命を賭けて実現して欲しいです。そうでないと日本号はますます沈没に向かうでしょう。共産党も最近、若い党員が増えているとか、結構なことです。オバマ大統領が゛change!" と訴えて当選しました。彼のスローガンと説得力は羨ましいです。とにかく民主党にしっかりやってもらいたいです。これ以上弱肉強食をストップして弱い人々に目を向けてもらいたいです。とにかく人間との交流、交歓は生きてるってことを実感させてくれます。

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2009年7月12日 (日)

何故昔の日本人は素晴らしかったのだろう、人生わずか50年という自覚があったからだろうか。

暑さが去り私の頭もやや正常に機能するように戻りました。太平洋戦争のとき南方に配属されたら餓死する前に暑さやマラリヤで死んでいたでしょう。日本人は過去を簡単に捨て去って平気でいるとはよく言われますが大戦中軍の幹部が若者、農家の長男などを徴兵し300万の戦闘だけでなくジャングルで餓死させたことは永久に日本人の記憶にとどめ常に顕彰を怠ってはならないと思います。一昨日からイギリスに18年住むロンドンのシテイの銀行で株の売買という過酷な仕事に従事し2年前から作家として独立した人の日本人への警告の書を読んでいますが私がパリに1971年~1999年まで住んだときの感想、批判と殆ど同じで、かく言う私もその頃は金を稼ぐという事に心が乗っ取られていました。その時は同業者が個展の売り上げやアパートを買った、郊外に家を建てたなどの話を苦々しく思っていましたがこの頃私もかなり毒されていたんだなとわかります。あの頃から人間が金に魂ごと乗っ取られてきたんだなと思います。前述の本の著者が日本人が嘗ての日本人を忘れた事を思い出し軌道修正するには日本文化をこどものときから学ぶことだといいます。彼はイギリス人の中での過酷な仕事の中で相当な英語力がある筈ですが、しかし日本で小学校から英語を学ばせなくても中学校からで十分といってます。それよりも日本文化と国語力を身に付けさせることがより重要で海外に出ても日本人としての人間力が人間として存在を認めさせる要だといいます。日本企業の支社長の中には日本人社員には高圧的でイギリス人など白人の社員にはいいたいことも遠慮するような同胞から見てやりきれない思いを抱くような上司は今でもそんざいするそうです。大きなミスをした白人の部下に処分をくだしたところが訴訟するという文書を突きつけられたところあやまって告訴を取りやめさせたという話まであるそうです。理由はそれが本社に監督不行き届きということで耳に入り出世の妨げになることを憂慮した結果とのことです。バブルがはじけてから世界で日本人の評価は下がっているとメデアからも耳にします。それは日本人から金をとったら何も残っていない事が分ったからでしょう。日本社会では人間が何をしているか何を実現しようとしているかという価値にたいして全く興味が無く彼がどれほど金をとって社会的にのしているかの構図しか興味がありません。今、社会は不況で閉塞感に覆われていて日々元気を与えるようなニュースにはイチローや松井秀喜、石川 遼などのスポーツが手っ取り早いですが、もっと不幸のどん底からたちあがった話などを多くしたら、スポーツの元気はその後残りませんが後者は後々まで魂に刻み込まれます。パチンコに代表されるように日本の社会はストレスを瞬時にその時だけ解消するような文化を敗戦以来つくりあげてしまいました。嘗てのトルコ風呂、今のソープランド、そのために大衆が払う金ば莫大でしょう。そして社会が蝕まれていく。それほどに日本社会はストレスが大きいのかもわかりません。私などこの40年世捨人的生活をしてきましたので日本社会云々などいう資格はありませんが、もしずんぶり浸っていたら気が狂っていたであろうことは想像がつきます。私のような人間も幾人かはいる筈です。そういう人間の一部が秋葉原の事件その他突発的無差別殺人を起こすのでしょう。このくらいの数で住んでいるのが不思議かもしれません。これからサラリーマンがいつリストラされるか分らない精神状況で生きるなら心の安寧は得られなくなるのではないでしょうか。機械文明が進めば人はいらなくなります。嘗てアメリカでは農業に従事する人口は80パーセントぐらいだったと記憶しています。今は3パーセントと記憶しています。近代文明は生産から人を排除してきました。これからグローバリゼーションがもっと進むと生産から人が要らなくなるでしょう。低賃金の原料生産者がいて少数の金持がいれば人は要らなくなる。しかし千年、二千年かけてできた文化の血脈は消えてなくなるだろう。文化は農業、職人技、漁業、林業などの職業と宗教、学問からうまれてきました。人間が合理、効率だけ追求していったら、人間が死までの有限な時間に出来る限り楽しみ、もの、金を詰め込むようになり人間社会はますますおぞましいものになるだろう。自国の文化をみつめそこに魂の憩い場所を見つけ見えない存在に気がつきゆったりすることこそこの閉塞感から抜け出るチャンスではないでしょうか。これが世捨人の空言でない事を祈る。働き盛りの人が過労死する社会は先進国の中で日本ぐらいではないでしょうか。いつも思うことですが単一民族といってもいい日本が一番競争社会なのが不思議です。だからアジヤで植民地にならなくて済んだのでしょうがこれからは何とかしてデンマークのようにワークシェアリングを取り入れ安心して生きられる国になって欲しいです。日本人が一丸となって取り組んだらこれだけ自然の豊かな国ですので必ず夢が叶えられると思います。

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