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<title>ねず公の鬱憤</title>
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<description>人類は皆気狂いｰｿﾄﾞﾑとｺﾞﾑﾗの末裔！</description>
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<title>ﾎｰﾑﾚｽ（私も精神のﾎｰﾑﾚｽ）と話す。</title>
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<description>朝、市の公園を自転車で散歩の折あずま屋に座っていたり箒でその辺を掃いていたり、こ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;朝、市の公園を自転車で散歩の折あずま屋に座っていたり箒でその辺を掃いていたり、ここ4年時々見かけていて一度話しかけたことがありましたが相手がそっけないのでそのまま帰りました。今朝、またあずま屋で文庫本を手にしていたので話しかけたら機嫌がよくのってくれ色々聞きました。ここにもう6年住んでいるとのことです。時々新興宗教の人が来たり市の人がきたりするそうですが世話になる気がしないようでこの生活を続けています。この街のﾎｰﾑﾚｽは先年共産党が全てｱﾊﾟｰﾄに入れたそうです。かれはﾎｰﾑﾚｽ暦6年というのにさっぱりしているので風呂にはいっているのといったら定期的に入っているそうです。年金でもあるのか古本屋で時代物を仕入れて日中雨でも降らない限り此処にいて本を読んだりﾗｼﾞｵを聞いています。食事はｺﾝﾋﾞﾆその他から買ってきて自分ではお湯も沸かさないそうです。６9歳顔色もいいです。本を毎日読んでいるということが精神を正常に保っているのでしょう。知り合いは極力持たないようにしているそうです。夜には街中に出て行くそうです。彼は酒は一滴も飲まないそうです。ﾊﾟﾘのﾎｰﾑﾚｽをｸﾛｯｼｬｰﾙといいます。教会の鐘が鳴ると只の食事が振舞われることから（鐘楼をｸﾛｯｼｭといいます。）きていると聞いたことがあります。ﾊﾟﾘのｸﾛｯｼｬｰﾙの殆どはｱﾙ中です。顔を見れば酒やけしてわかります。冬など気候が厳しいので飲むようになるのでしょうしぶどう酒は安いのがありますから、通行人結構金くれるので酒代にこと欠きません。私の街でも何人かﾎｰﾑﾚｽがいますがｱﾙ中らしいのを見たことはありません。人格崩壊もﾌﾗﾝｽよりｽﾞｰｯと少ないとおもいます。ﾌﾗﾝｽでは個人主義のせいかﾎｰﾑﾚｽになり人格崩壊がはやいです。厳しい社会なのでしょうが年中目にしているとﾊﾟﾘの景物で人間の自由を認める多層社会で私のようなｱｳﾄｻｲﾀﾞｰには合います。厳寒のときなどﾒﾄﾛのﾎｰﾑを開放し簡易ﾍﾞｯﾄﾞをいれて助けます。この頃気がつくのは24時間営業のｽｰﾊﾟｰの巨大ﾊﾟｰｷﾝｸﾞにｸﾙﾏを停めて日中働きにいきそこで寝るひとを時々みかけます。この公園にも最近1台のｸﾙﾏが停まっていて二人の男のうち片方は日中はたらきにいき片方は朝早く廃品回収にいくそうです。私たちが考えている以上に不況は若い人たちに吹き寄せています。都議員選挙では民主党が議席をのばしたようです。自民党政権が長くやってきて国民の真の実情から目を背けているのは確かでしょう。なんでも長く同じ事をやっているとﾏﾝﾈﾘ化するだろうし、水もよどんできます。若いひとに定職が無いということは未来に、人生に夢がもてないということです。こういう状態では結婚に踏み切れないので少子化は進むでしょう。来る衆議院選挙で民主党が圧勝し政権交代しｽﾛｰｶﾞﾝ実現に命を賭けて実現して欲しいです。そうでないと日本号はますます沈没に向かうでしょう。共産党も最近、若い党員が増えているとか、結構なことです。ｵﾊﾞﾏ大統領が゛change!&amp;quot; と訴えて当選しました。彼のｽﾛｰｶﾞﾝと説得力は羨ましいです。とにかく民主党にしっかりやってもらいたいです。これ以上弱肉強食をｽﾄｯﾌﾟして弱い人々に目を向けてもらいたいです。とにかく人間との交流、交歓は生きてるってことを実感させてくれます。&lt;/span&gt; &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<item rdf:about="http://iwaya-toru.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/50-5271.html">
<title>何故昔の日本人は素晴らしかったのだろう、人生わずか50年という自覚があったからだろうか。</title>
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<description>暑さが去り私の頭もやや正常に機能するように戻りました。太平洋戦争のとき南方に配属...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;暑さが去り私の頭もやや正常に機能するように戻りました。太平洋戦争のとき南方に配属されたら餓死する前に暑さやﾏﾗﾘﾔで死んでいたでしょう。日本人は過去を簡単に捨て去って平気でいるとはよく言われますが大戦中軍の幹部が若者、農家の長男などを徴兵し300万の戦闘だけでなくｼﾞｬﾝｸﾞﾙで餓死させたことは永久に日本人の記憶にとどめ常に顕彰を怠ってはならないと思います。一昨日からｲｷﾞﾘｽに18年住むﾛﾝﾄﾞﾝのｼﾃｲの銀行で株の売買という過酷な仕事に従事し2年前から作家として独立した人の日本人への警告の書を読んでいますが私がﾊﾟﾘに1971年～1999年まで住んだときの感想、批判と殆ど同じで、かく言う私もその頃は金を稼ぐという事に心が乗っ取られていました。その時は同業者が個展の売り上げやｱﾊﾟｰﾄを買った、郊外に家を建てたなどの話を苦々しく思っていましたがこの頃私もかなり毒されていたんだなとわかります。あの頃から人間が金に魂ごと乗っ取られてきたんだなと思います。前述の本の著者が日本人が嘗ての日本人を忘れた事を思い出し軌道修正するには日本文化をこどものときから学ぶことだといいます。彼はｲｷﾞﾘｽ人の中での過酷な仕事の中で相当な英語力がある筈ですが、しかし日本で小学校から英語を学ばせなくても中学校からで十分といってます。それよりも日本文化と国語力を身に付けさせることがより重要で海外に出ても日本人としての人間力が人間として存在を認めさせる要だといいます。日本企業の支社長の中には日本人社員には高圧的でｲｷﾞﾘｽ人など白人の社員にはいいたいことも遠慮するような同胞から見てやりきれない思いを抱くような上司は今でもそんざいするそうです。大きなﾐｽをした白人の部下に処分をくだしたところが訴訟するという文書を突きつけられたところあやまって告訴を取りやめさせたという話まであるそうです。理由はそれが本社に監督不行き届きということで耳に入り出世の妨げになることを憂慮した結果とのことです。ﾊﾞﾌﾞﾙがはじけてから世界で日本人の評価は下がっているとﾒﾃﾞｱからも耳にします。それは日本人から金をとったら何も残っていない事が分ったからでしょう。日本社会では人間が何をしているか何を実現しようとしているかという価値にたいして全く興味が無く彼がどれほど金をとって社会的にのしているかの構図しか興味がありません。今、社会は不況で閉塞感に覆われていて日々元気を与えるようなﾆｭｰｽにはｲﾁﾛｰや松井秀喜、石川　遼などのｽﾎﾟｰﾂが手っ取り早いですが、もっと不幸のどん底からたちあがった話などを多くしたら、ｽﾎﾟｰﾂの元気はその後残りませんが後者は後々まで魂に刻み込まれます。ﾊﾟﾁﾝｺに代表されるように日本の社会はｽﾄﾚｽを瞬時にその時だけ解消するような文化を敗戦以来つくりあげてしまいました。嘗てのﾄﾙｺ風呂、今のｿｰﾌﾟﾗﾝﾄﾞ、そのために大衆が払う金ば莫大でしょう。そして社会が蝕まれていく。それほどに日本社会はｽﾄﾚｽが大きいのかもわかりません。私などこの40年世捨人的生活をしてきましたので日本社会云々などいう資格はありませんが、もしずんぶり浸っていたら気が狂っていたであろうことは想像がつきます。私のような人間も幾人かはいる筈です。そういう人間の一部が秋葉原の事件その他突発的無差別殺人を起こすのでしょう。このくらいの数で住んでいるのが不思議かもしれません。これからｻﾗﾘｰﾏﾝがいつﾘｽﾄﾗされるか分らない精神状況で生きるなら心の安寧は得られなくなるのではないでしょうか。機械文明が進めば人はいらなくなります。嘗てｱﾒﾘｶでは農業に従事する人口は80ﾊﾟｰｾﾝﾄぐらいだったと記憶しています。今は3ﾊﾟｰｾﾝﾄと記憶しています。近代文明は生産から人を排除してきました。これからｸﾞﾛｰﾊﾞﾘｾﾞｰｼｮﾝがもっと進むと生産から人が要らなくなるでしょう。低賃金の原料生産者がいて少数の金持がいれば人は要らなくなる。しかし千年、二千年かけてできた文化の血脈は消えてなくなるだろう。文化は農業、職人技、漁業、林業などの職業と宗教、学問からうまれてきました。人間が合理、効率だけ追求していったら、人間が死までの有限な時間に出来る限り楽しみ、もの、金を詰め込むようになり人間社会はますますおぞましいものになるだろう。自国の文化をみつめそこに魂の憩い場所を見つけ見えない存在に気がつきゆったりすることこそこの閉塞感から抜け出るﾁｬﾝｽではないでしょうか。これが世捨人の空言でない事を祈る。働き盛りの人が過労死する社会は先進国の中で日本ぐらいではないでしょうか。いつも思うことですが単一民族といってもいい日本が一番競争社会なのが不思議です。だからｱｼﾞﾔで植民地にならなくて済んだのでしょうがこれからは何とかしてﾃﾞﾝﾏｰｸのようにﾜｰｸｼｪｱﾘﾝｸﾞを取り入れ安心して生きられる国になって欲しいです。日本人が一丸となって取り組んだらこれだけ自然の豊かな国ですので必ず夢が叶えられると思います。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<title>世界一機械化が進んだ日本を自慢するより失ったものをも視野にいれなければ。</title>
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<description>ｲｷﾞﾘｽに18年住んで今は作家として活躍している人の最近出されて本を読んだらこ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;ｲｷﾞﾘｽに18年住んで今は作家として活躍している人の最近出されて本を読んだらこんな文章に出会いました。日本には痴漢が結構あり時として有名な大学教授など捕まったりして話題を賑わしますが、ｲｷﾞﾘｽでは18年間聞いたことがないといっています。彼のｲｷﾞﾘｽ人の友人はこれを分析してこう語ったということです。日本人は物事に狭く深い興味があるから素晴らしい製品を生むことができる。したがって欲望の刺激も首筋、足首、脇の下、乳房といった局所に対して異常な欲望をそそられるのではないかと。一般的にいって、ｲｷﾞﾘｽ人にはそんな部分といったものに性の刺激を受けるよりは全体にたいしてそそられるとのことです。日本人は性に対しても想像で快感を楽しむのが得意かも知れません。嘗て友人のずーっと年上のﾌﾗﾝｽ人がﾎﾟﾙﾉ見るんだったらやった方がいいといってましたし、かれの経験も豊かなものでした。確かに欧米人と日本人の性に対するものは違います。牧畜民族と農耕民族とでは考え方もおおいに違います。それと作者がいってることは日本の方が現実とﾊﾞｰﾁｬﾙな世界との境界がぼやけていて警察官、教師、医師などがつまらない痴漢行為で捕まり職を失ったり常識で考えられません。その時理性がはたらなくなるのは集団の中で自分がなくなり無名性になってことを行う、ｲｷﾞﾘｽ人は個が集団に入ろうが決して個の意識が明瞭で埋没しないので痴漢行為に及ばないといえるといっています。日本の社会は欧米と比べｽﾄﾚｽが強いとみています。秋葉原に多く存在するﾒｰﾄﾞ喫茶など日本特有で若いｻﾗﾘｰﾏﾝなどがもっぱら常連なのも日本社会が若者が切り開いていく未来が無いのではないか、疲れきっているのではないか。昨日図書館の宗教欄の書棚の前に20代前半と思しき若者がいるのでめったに話しかける事はしないのですが、宗教に興味あるのと聞いたら、いやというのですが何か悩みに答えてくれるようなものをさがしていたのかもしれません。更に質問してみました。若いひとにとって社会に未来がないので不安でしょうといったら、不安ですといいました。専門学校の生徒のようでした。結構一人で悩んでいるのかもしれません。こういう若者にｱﾄﾞﾊﾞｲｽや悩みに答えるような所は何処にあるのでしょうか。ｹｰﾀｲで大して意味の無い交信はしても本当の対話はないのではと思います。今の人間は小学生から自分の内部をさらけ出さない生き方を身につけているそうです。それは内部をさらけだすことによって嫌われ仲間はずれになることの恐怖があるといわれます。内部のおぞましさ、孤独などを隠し、表向き100ﾊﾟｰｾﾝﾄの人間に自己同化したときそれは生産のﾊﾟｰﾂ、家族のなかでもﾊﾟｰﾂになりかねません。そこに社会が人間をﾊﾟｰﾂとみる見方が一般化していったら、むしろｸﾞﾛｰﾊﾞﾙ化の社会ではそうなるでしょう。多くの若者がおいらは取替え人間なのだと思った時世界はより冷ややかなものになるでしょう。特に日本は機械の進歩を率先しそれを抵抗無く社会に取り入れ、むしろ機会を神と看做します。そして人間がｼｽﾃﾑ以下になり人間疎外があれよあれよといってるうちに進行していってしまう。以前、電車の出札が自動になり、手に障害をもつひとが大変不自由になったということです。その上ｷｯﾌﾟを切る改札係のときは障害児がどこかに集団ででかける時など係りが今日は何処に行くのと対話もあったということです。機械化、合理化が進めば目的を早めることはできても、人生の終着は死ですから、死にむかって一直線に突っ走っていくようなものです。人生はﾌﾟﾛｾｽに意味があるのですからときとして道草をくったり、困っている人と共にあったりと合理と功利でがんじがらめで死にむかって加速度を増すような生き方しかﾌｫｰｶｽできない今日は全く余裕のない、機械に引っ張られる、つまらない世の中になったものだ。ｲｷﾞﾘｽの生活はまだ何十年前のﾎﾞｲﾗｰを使い多少不便でもお茶の時間を大切にしこの作者は身体に障害のあるわが子のためにｲｷﾞﾘｽに移住したことを正解と思っていることでしょう。先進国の中で一番機械化が進んでいると思っている我々が一番おぞましい社会をつくっているかもしれないという自己分析は怠ってはならないだろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<title>人間は21世紀再び奴隷となる。</title>
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<description>私にはｸﾞﾛｰﾊﾞﾘｾﾞｰｼｮﾝとは具体的にどういうものかわかりませんでした。し...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;私にはｸﾞﾛｰﾊﾞﾘｾﾞｰｼｮﾝとは具体的にどういうものかわかりませんでした。しかし内山　節氏の「里という思想」を読んでおおよそ理解できた。それはｱﾒﾘｶという巨大なﾛｰｶﾙな国のやりかたを世界のｽﾀﾝﾀﾞｰﾄﾞとして特に経済を一元化するということです。それにたいしてそれぞれ文化や経済のｼｽﾃﾑの伝統が違う国（ﾛｰｶﾙ）がその特性を温存したままで国際化を計る、いわば多層化を大切にする考えがあり、これが今、世界でｱﾒﾘｶの推し進めるｸﾞﾛｰﾊﾞﾘｾﾞｰｼｮﾝと対立する思想と勢力である。こうして見るとｱﾗﾌﾞ諸国やｱﾌﾘｶ諸国がｸﾞﾛｰﾊﾞﾘｾﾞｰｼｮﾝのなかにかつての植民地主義の亡霊の再来をみるのは当然でしょう。ｸﾞﾛｰﾊﾞﾘｾﾞｰｼｮﾝが富や情報の公正化に益するかと思ったら大間違いで強い者が正義であり弱者、敗退者は正義でないという弱肉強食の構造が益々鮮明になるのがその本質である。世界にとって一元化というのは強者が支配するには一番いい原理であります。この世界では今よりも一層人間の金をとる能力だけの価値に収斂されるだろう。世界は益々ゆったりして生きていくのとは正反対の社会になり人間の尊厳は無くなっていくでしょう。ここの所から世界各地で起こっているﾃﾛなど考えないとｱﾒﾘｶなどによりﾃﾛ＝悪のﾚｯﾃﾙを貼られｱﾒﾘｶの兵士たちが掃討のために政府によって動員され戦争は絶えない。誰が人、特に女子供を殺して喜ぶ人間がいますか。ﾃﾛ集団のﾒﾝﾊﾞｰの多くが家族を殺され、家も職も失って人生に何も無くなって、ﾃﾛ行為しかないとなったと思います。もしｱﾒﾘｶなどｱﾗﾌﾞの石油というものを狙わなかったら、今のﾃﾛによる混乱は最小限度にとどめられていたでしょう。大国の世界制覇は必然にｼｽﾃﾑの一元化を伴うでしょう。今、先進国のなかにこのｸﾞﾛｰﾊﾞﾘｾﾞｰｼｮﾝに反対する勢力が政府に反対して起こっています。彼らは伝統的なゆったりした生活を取り戻そうとしています。ｱﾒﾘｶはｱﾒﾘｶｽﾀﾝﾀﾞｰﾄﾞが一番合理的、民主的と考えてそれを世界に押し付けてきましたが、ｱﾒﾘｶも一つのﾛｰｶﾙに過ぎません。それがｸﾞﾛｰﾊﾞﾙｽﾀﾝﾀﾞｰﾄﾞになって世界が幸せになる筈がありません。何千年世界の人々は厳しくともそれぞれに調和を保ちゆったりした生活を送ってきました。白人が押し寄せる前まではﾈｲﾁｳﾞｱﾒﾘｶﾝ（ｲﾝﾃﾞｱﾝ）は広大な自然のなかで少数の部族と平和を保ち自然を敬っていました。しかし白人の侵入で彼らの生活は一変し自然の調和も破れ巨大な国に成長しましたが長い目で見て地球の平穏には害になるかも知れません。歴史は急速にそれを証明する時がくるでしょう。９．１１ﾃﾛもｱﾒﾘｶ政府が知っていたという不思議な情報もあります。ｲﾗｸを再攻撃するきっかけに利用したともいえます、いくら探しても大量破壊兵器など見つかりませんでしたから。強者の行動は常に正義、弱者は常に不正義、世界がこういう構造になったとき世界が幸福になる筈がありません。世界はｱﾆﾒやｹﾞｰﾑでえががれるような無慈悲な世界になるのも空想といっていられません。一流企業の正社員と非正規社員との格差、こんなｼｽﾃﾑが瞬く間に定着してしまいました。ｸﾞﾛｰﾊﾞﾘｾﾞｰｼｮﾝがいかに人類を不幸に向かわせるかの認識を今持つべきであろう。前回も書きましたが今の文明は若者を「未来」として見ず「消費者」としか見ない。これで人間がもの化し単に入れ替えできるﾊﾟｰﾂに過ぎないと思うようになったら若者に未来はないでしょう。ｸﾞﾛｰﾊﾞﾙ化は情報の公正化に繋がるどころかｺﾝﾄﾛｰﾙ化が現実に行われています。人間の限度を越えた科学技術の発達は最早人間がｺﾝﾄﾛｰﾙ不可能になってしまった所に今日の不幸があります。そして日々の急速な変化は永久に根本の病を究明できないまま流され続け、人は目先の楽しみに人生の価値を見つけ自分が退廃のなかにずんぶりひたっていることを社会も個人も意識できません。権力の座にいる少数のものだけが炯炯として世界戦略に飽くなき精力をつかっています。ｴｼﾞﾌﾟﾄ時代のように奴隷化は始まっているでしょう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<title>暑さ、そして文明。</title>
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<description>夜中中雨降りだったようですが気温が下がらず寝苦しい一晩でした。夜中ぐらいはｴｱｺ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;夜中中雨降りだったようですが気温が下がらず寝苦しい一晩でした。夜中ぐらいはｴｱｺﾝはつけたくないのでつけませんでした。昔は窓を開けて蚊帳をつって団扇であおいで寝苦しい夏の夜を過ごしたものでした。この頃こんな子供時代を思い出すことも殆どありません。私には1971年から1999年までﾊﾟﾘで暮したことはたまには思い出します。地球温暖化は確実に進んだことは確かです。ﾊﾟﾘ生活の最初の24年間は扇風機1台もありませんでした。しかし25年目の夏１９９６年ごろだったかどうにも暑さに耐えられなくなってちゃちなｸｰﾗｰだけのをわたしの寝室に備え付けました。日本製のと違い機能も良いものではありませんでしたが何とか暑さをしのぎました。その数年後ﾌﾗﾝｽでは猛暑が襲い公称老人、子供8,000人、実際16,000人が死んだということでした。その頃までは三ツ星の伝統的なﾎﾃﾙにｴｱｺﾝはほとんどありませんでした。当時のわたしの取引のあった画商が西日の当たる三ツ星ﾎﾃﾙに泊まっていて、暑さにやられ私のとこで横になってｱｲｽﾉﾝを額と首にﾀｵﾙで巻いてしばらく寝たことがありました。ﾊﾟﾘの最初の24年、夏、部屋の中で半袖でいるのは3週間程度で長袖で仕事をしてました。ﾊﾟﾘの古いｱﾊﾟｰﾄはﾊﾟﾘ産の柔らかい石で夏にはひやっとして涼しいのです。女性の旅行者など夏薄着でいて下半身を冷やして膀胱炎になって医者に連れて行ったことがあります。ﾊﾟﾘは空気も悪く、その上暑さが加われば夏は耐え難いでしょう。昔、浜口陽三先生は夏のﾊﾞｶﾝｽなんてとったことないとおっしゃってました。ﾊﾟﾘｼﾞｬﾝは半分くらいいないしさわやかだし仕事に最高といってました。地球温暖化の真の原因がCO2だけなのかまだ知られざる原因があるのか、人類は20世紀には米ソが競って核実験を行い地球を汚染し、人間のエゴが人間はこの地球上で何をやってもいいと傲慢の限りをつくし、2回の世界大戦を起こし、神が与えた資源を浪費し、この行為を他の天体から或いは動植物からみたらさぞおぞましいものだろう。ｲｷﾞﾘｽのﾉｰﾍﾞﾙ賞詩人T．S　ｴﾘｵｯﾄは捨て去ることのない進歩といってました。その反対に白人たちはﾈｲﾁｳﾞｱﾒﾘｶﾝ、ｴｽｷﾓｰ、ｱｳﾞｫﾘｼﾞｰﾆなどの文化を一度強制的に捨てさせました。今日文化人類的に重要なことがわかり収集しようにも手遅れの感があります。白人の合理主義は人間の頭で短絡に切り捨てます。それにﾌﾟﾗｸﾞﾏ主義が加われば今日のようなおぞましい世界を現出させます。人類は既に3，4千年前に人間が既に神の国から追放させられた存在というｲﾒｰｼﾞを持っていたのでしょう。彼らは何とか神の国を取り戻そうと旧約聖書をまとめそれはﾕﾀﾞﾔ民族の歴史と精神史であったでしょう。彼らが4,000年国が無かったにもかかわらず民族として存続し得たのも彼らの宗教があったからでしょう。彼らが弱かった時代、ﾕﾀﾞﾔ人収容所で六百万という同胞が殺されましたが、強者となったｲｽﾗｴﾙでﾊﾟﾚｽﾁﾅ人を圧迫しているのは立場が変れば人間同じ事をすることを示していて暗澹たる気持になります。50年もすると台湾、日本、韓国など中国に併合されるという論者もいます。人類は果たして進化しているのでしょうか。本当に進化すると言うのは何をしていうのでしょうか。我々は目先の欲望をようく見極める訓練が必要のようです。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<title>ﾃﾞﾝﾏｰｸのように人間の尊厳を大切にするくにづくりを願う。</title>
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<description>しばらくお休みしました。私は暑さに超弱いのです。頭が回転せず自分の仕事だけ辛うじ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.2em;&quot;&gt;しばらくお休みしました。私は暑さに超弱いのです。頭が回転せず自分の仕事だけ辛うじてやってました。本題に入りますが今の子供が何不自由ないのに突然ｷﾚたり、親に向かって暴力を振るったりするのは、親が子供が意志表示する前に子供が欲しいものをすぐ与えてしまうことがわずらわしいとか、ｲﾗｲﾗしてしまう、子供が本当に欲しているものは親の愛とか話し合いが欠乏している、そんなわけで望まないものをどんどん与えられると爆発してしまう、こんなことのようです。社会はというと、企業は現代人がｽﾄﾚｽを感じたりしていることを探し当てそれをその時だけ解消するような製品を開発し利益をあげる。つい2，3日前、恋人とうまくいかないときにそのもやもやを解消するｹﾞｰﾑソフトが製品化されたと報じていました。これは子供が欲しないものを親がどんどん与えてｷﾚさせるのではなく、もやもやの恋人には喜ばしい瞬時解消できる製品と受け入れるかも知れないがﾊﾟﾁﾝｺと同じようにその時だけ解消していたら、人生の深刻な問題もその時逃げ切るような習慣ができてしまう。ますます自立精神は育たないのではないか。これから企業は重箱の隅を突っつくようにこのような製品の開発をｴｽｶﾚｰﾄしていくのではないか。また、今日本では４０から５０代の女性が金を出すそうで、化粧品会社が今までこの世代をあまりﾀｰｹﾞｯﾄにした化粧品の開発に積極的ではなかったそうです。此処に目をつけた化粧品会社が売り上げを伸ばしているとありました。私が愛読しているｲﾝﾄﾞ人M．Kｼｬﾙﾏ氏が「喪失の国、日本」の中でいっています。現代文明は若者を゛未来&amp;quot;と見ず゛消費者&amp;quot;としか見ない。また現代文明はどこか阿片と似ている。企業はどんどん儲かるが、購買者の心はどんどん蝕まれていく。彼がいうように新しい製品は人間をどんどん変容し、知らず知らずのうちにｼﾞｺﾁｭｳになり、世界の資源は益々浪費され、CO2削減どころか増え続けるだろう。中国、ｲﾝﾄﾞなどこれから物質文明の恩恵を先進国並みに受けることを楽しみに努力、邁進しているので先が思いやられます。我々先進国は地球上にこのような非可逆な崩壊に向かう文明をつくってしまいました。あらゆる生きとし生けるものは他の命を犠牲にしてしか生きられないのです。地球上で調和をとって存在するには他の犠牲は最小限にとどめなければならないのが現行文明は人間にどんどん欲望を感じさせ、それを充たすものを競争して開発し、生き延びるために人間に害をなすものを多々生んでいます。人間は本来欲望をｺﾝﾄﾛｰﾙしていかなくてはならないことを教わっていたし、無駄をしないということは倫理でもありました。何回か書きましたが、前述のｼｬﾙﾏ氏は生産者の人生から学べるような距離でものを求めたいというようなことをいっています。話は飛躍しますが、ﾏｲｹﾙ．ｼﾞｬｸｿﾝの葬儀、裕次郎の23回忌には物凄いひとが集まりましたが、このようなｽｰﾊﾟｰｽﾀｰは彼らにとって神なのかもしれません。神無き世の神、これはﾒﾃﾞｱと巨大な資本力がつくりあげた幻想でもあるでしょう。紀元前からﾌﾞｯﾀﾞやｷﾘｽﾄ、ｿｸﾗﾃｽなど、幻想を払拭したところに真の存在が厳存することを説いていますが、紀元前よりも、現代が何千倍の幻想のなかで生きているのは間違いないでしょう。かつて人のつくったもののなかに人の心にぬくもりを感じさせましたが、現代の製品には本来量産と最後にｽｸﾗｯﾌﾟになることが宿命づけられています。昔の人はものを単にものとして見ずこころがある、ということは大切にしたということです。今、ものは単にものである。現代が人をもののように殺せるのも、大量生産、大量消費、大量廃棄の流れの必然の結果ではないだろうか。現代文明は限りなく人間をも破壊し続けているのではないか。この文明の心性を変えることは至難でしょう。身近な人間とのかかわりを大切にすることから踏み出すきりないのかも知れません。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
<dc:date>2009-07-08T11:14:58+09:00</dc:date>
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<title>たまには情報を絶って静かになりたいものだ。</title>
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<content:encoded>&lt;p&gt;昨日年配の美術をやっておられるご婦人と話をしていて、私はｱｰﾄの目的は精神や魂の浄化、昇華で、宗教ともﾀﾞﾌﾞﾙ面があるが、今の若い人は何を目標にｱｰﾄをやっているのかなといったところ、精神なんて意識してるというよりそんなものｳｻﾞｲと思っているんじゃないですかというので絶句しました。常日頃若い人との接触の無い私には今の若い人がどんな事考えているのか若いｱｰﾁｽﾄがどんなにｱｰﾄを思って制作しているのか皆目分りません。4，50年前からｱﾒﾘｶのﾎﾟｯﾌﾟ、ｵｯﾌﾟｱｰﾄなどの現代ｱｰﾄが世界に殴りこみをかけ話題になってその後の10年は現代ｱｰﾄの主導権を握ったかにおもえるほど話題を提供しました。私などもほんの短い間ｼﾞｬｽﾊﾟｰ．ｼﾞｮｰﾝｽﾞやｱｰﾈｽﾄ．ﾄﾛｰﾊﾞｰに魅力を感じたこともありました。しかし世間の話題とは裏腹にｱﾒﾘｶ現代ｱｰﾄに根無し草を感じｱｰﾄというよりｱﾒﾘｶという風土の風俗や流行を生む源にはなっても現在それらを振り返って心を豊かにするのではなく寒々とするのです。あの現象はｱﾒﾘｶﾝ．ｶﾙﾁｬｰを世界に押し出すﾅｼｮﾅﾘｽﾞﾑの演出ではなかったのかとも思います。敗戦後のｲﾝﾃﾘがｱﾒﾘｶの民主主義の幇間持ちや左翼の支持者が圧倒的に多く敗戦の1945年8月15日を境に180度宗旨を変え変身し生き延びました。多くの美術評論家がｱﾒﾘｶ現代ｱｰﾄに解説をし賞賛した。私には当時からｱﾒﾘｶ現代ｱｰﾄの超大作の破壊力が西洋などの伝統の美を無力化したと感じた。ｱﾒﾘｶが資本の力と軍事力で世界に君臨し欠けているのは後は文化、ｱﾒﾘｶ現代ｱｰﾄはその線に乗っ取ったﾅｼｮﾅﾘｽﾞﾑではなかったかと思うのです。戦後ﾒﾃﾞｱの影響力は凄いものがあります。新しい思想なり現象をﾒﾃﾞｱと資本力で世界的にすることはいとも簡単に出来るようになったというよりｱﾒﾘｶの常套手段となった。西洋や日本でもｱﾒﾘｶ現代ｱｰﾄの影響は甚大だった。私には美術には現代という時代的なものと時代を超えた永遠性の両方が必要と思っています。しかしｱﾒﾘｶ現代ｱｰﾄには永遠性を裏付けるものは見当たりません。今ﾌｪﾙﾒｰﾙやﾀﾞ．ｳﾞｨﾝﾁの展覧会は長蛇の列が並びます。現代文明が無くしたものを求めて彼らの作品の中に永遠性を発見し安心と満足を得ているのではないでしょうか。この長蛇の列は単なるﾒﾃﾞｱによる宣伝の力なのだとしたらちと淋しいですが。いずれにせよ何か本物を目にしたいという欲求はこのくだらないものの氾濫のなかで当然起こってくるでしょう。科学技術の発達で地球上の情報の量と伝播力の速度は今や凄いものがありますが、生物としての人間のﾃﾝﾎﾟというものはこんな速さは必要でないばかりか有害であります。情報の量と速度、これに人間は耐えられないのではないか、これと併行して経済、産業、金融、学問でさえ望むと望まないに拘らずｽﾋﾟｰﾄﾞｱｯﾌﾟしていきます。そして人間の心の変化も併行します。この頃の社会の変化をみてまともな人にとってはｷﾂｲだろうなとつくづく感じます。文明の中心に永遠性が無くなったとき、人間の規範の源を失うことになるだろうことは必至であろう。今村　均大将にあって今無くなってしまったもの、若いｱｰﾁｽﾄが精神なんてむしろｳｻﾞｲと感ずる現代の内的、外的情況、金にしか頼れない人間に新しい希望を見つけるには大いなる決断、日本を日本本来の豊かな農村の復興と山林の再生へ価値の転換を図り自然に根ざした人間再生に向かいたいものだ。私にこうした気付きが２０年早くきていたら実行できたろうにと残念です。この頃高速道路の料金が土、日一律ETCで１，０００円になりましたが排気ｶﾞｽがまたまたCO2を増やすでしょう。ｸﾙﾏ社会の習慣は容易に変えられないものです。未来にたいし、希望と絶望が交互しながら生きています。&lt;/p&gt;

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<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<title>今村　均大将の生き方を知る。</title>
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<description>太平洋戦争が終わった１９４５年わたしは9歳小学校4年でした。そんなわけで東京軍事...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;太平洋戦争が終わった１９４５年わたしは9歳小学校4年でした。そんなわけで東京軍事裁判もなにも分りませんでしたがこの頃第二次世界大戦が何であったか、日本の中国、東南ｱｼﾞｱの侵略が100ﾊﾟｰｾﾝﾄ悪であって、ご存知のように戦後の歴史認識が自虐史であると教えられ、それが今日の日本に誇りをもたない国へ、政治への無関心な若者を育てました。世界で愛国教育を徹底してしない国は日本をおいてないだろう。いかなる国にもﾐｽや不正を犯すのは避けられないが教育はその国の正義、長所、美徳などを強調して教えるのが当たり前で、戦後の教育は悪いことばかり羅列してひたすら第二次世界大戦あるいはその前の戦争をひたすら誤りとして謝ることに専念した観がある。これでは日本に愛国心を持てといっても無理な相談です。ﾌﾗﾝｽだって植民地政策ではどれほどあこぎなこと、非人道的こと、弾圧など数限りなくやり莫大な富を自国にもたらしました。しかし教育では自由、平等、友愛を国のあり方の根本に据えていてそれに国民は誇りを持つように教育されています。今ではかなり幼少時から人種の差別は是正されていると私には思われる。教育は実に大切なものでｱﾒﾘｶでもｱﾒﾘｶ大陸はｺﾛﾝﾌﾞｽによって発見されたとｺﾛﾝﾌﾞｽ記念日を国をあげて祝ってきましたがこの頃はｺﾛﾝﾌﾞｽが何万というｲﾝﾃﾞｱﾝを殺戮した事実がわかり学校によってはｱﾒﾘｶ大陸を最初に発見したのはﾈｲﾁｳﾞｲﾝﾃﾞｱﾝの人たちであり我々白人は彼らの土地を奪い殺戮をしたと教えているそうです。こういった点では人類は進歩しているといえますが、大局的には文明の方向が個人の欲望の限りない開発と増大の路線を歩む限り人類に未来はないでしょう。人間を変えるには教育をおいて有効な手段はないでしょう。東京軍事裁判に戻りますが戦犯の中に元ﾗﾊﾞｳﾙの総司令官だった今村　均大将は常に現地人を擁護しとうとういくら究明しても死刑にする事実がないので9年だったかの服役のあと釈放されましたが自宅の庭に三坪の小屋を建てそこを独房として著作と死んだ兵士への祈りの生活を自らに終生課したそうです。著作で稼いだ金は全部遺族の生活や墓碑の費用につぎ込み彼が現金を持っていたのを見たことがないと証言する人もいます。勿論講演に依頼されれば出かけ講演料も遺族のために使ったでしょう。敗戦後それまでの日本の教育、国家の越し方を100ﾊﾟｰｾﾝﾄ我々日本人が否定することとｱﾒﾘｶ型民主主義を受け入れることをGHQに強制されたとはいえ猛省なく簡単に否定してしまいました。しかし今村　均大将の人格は戦前の教育によって形成されたものです。敗戦以来、教育は彼を越える人格のある人間を育成できたか、否である。功利的なｱﾒﾘｶ追従か左翼的なｲﾝﾃﾘを大量に輩出した。人間の越し方に100ﾊﾟｰｾﾝﾄ否はありえないのである。それは反省はしなければならない事はいうをまたないが100ﾊﾟｰｾﾝﾄ否定から出発するならばそれは愚かさを示すものであり根本の反省になりえないでしょう。否定して忘れる或いは棚上げすることは本当は人間の悟性を否定することでもあります。自国を守ることをｱﾒﾘｶに任せ、自らはひたすら経済の発展だけ考え、そしてｱﾒﾘｶのﾎﾞｽにはｱﾒﾘｶの国債を買わされ、防衛費を負担させられ、世界第二位の富める国になっても金満としか表現できない後ろめたさを持ち続ける国と国民になってしまいました。日本はｱﾒﾘｶ型資本主義の市場原理でなく資本社会主義を通すべきだったと思います。あれだけ稼いだ金で教育費を貧しい子弟に機会を与えることも出来なくこれほどに貧富の差をつくり一体あの時あった金は外国投資家の手に入ったのかと考えてしまいます。このままｱﾒﾘｶの言うなりになって統制の解放と市場原理主義を追従したら日本人として崩壊してしまうだろう。国民は今こそ日本人に一番合った国造りの方針と骨格作りを始めなければならない最後のﾁｬﾝｽではないかと気が気でありません。国は単に功利的、合理的思考だけで運営は出来ません。教育の根本にある人間作りが一番大切です。若い人のなかには途上国での活動に喜びを抱いて邁進しているひとも少なからずいます。若者が政治に関心を向けるには大人にそれだけのものを示さなければなりません。今村　均大将の敗戦後の生き方を生んだ戦前の教育で今も有効な点をもう一度教育の現場に反映させなければならないと痛感します。私などうっかりこの年になるまで日本のこと真剣にかんがえなかったなあと反省してます。こういう偉い日本人をもっともっと掘り起こさなければ、そして小中学校で教える必要があります。柔軟な脳に浸み込んで彼らの人格形成に肥やしとなるでしょう。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
<dc:date>2009-07-01T08:13:20+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://iwaya-toru.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-4d58.html">
<title>父と子の関係をｷﾂﾈの関係まで戻すこと。</title>
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<description>ﾗｼﾞｵで北海道在住の獣医の講演を聞き大変感動しました。獣医というのは野生の動物...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ﾗｼﾞｵで北海道在住の獣医の講演を聞き大変感動しました。獣医というのは野生の動物を許可無く治療してはならないそうです。しかし時々飛べない隼の雛を小学校低学年の子供が持ってきたりして診察すると羽の骨が先天的の不完全で飛べる筈ないから諦めろ、先生が安楽死さしてやるというと安楽死って何だというので苦しまないであの世に送るのだというとじゃ殺すんだといって明日また来ますというので殺すわけにいかないでおくと次の日家の冷蔵庫から鶏肉などもってきて食べさせると雛ですから食欲旺盛、明日もきますというので殺すわけにもいかずそんな日が続くと雛も大きくなり元気になり、こどもが先生飛行訓練をやろうと胴体を布でくるみ樹に紐でつるすとばたばた羽を動かす子供は喜び翌日には紐の代わりにｺﾞﾑ紐に取り替えたり鳥が巣立てるように一生懸命なのにこの先生も大いに感動します。このような子供は小学4年生まで5年生になるとこういった愛情や興味は全く無くなるそうです。そして65歳以上になるとまた怪我をした動物を連れてくるようになるそうです。社会にでると競争の連続で自分の目先の問題を切り抜けることで精一杯で余裕が全くなくなるのでしょう。現代は生き抜いていくだけで実に大変なのでしょう。私の人生の大半も銅版画の一技法のﾒｿﾞﾁﾝﾄにかまけて世の中を見渡す余裕もなく過ぎてしまいました。この獣医先生は長い間狐と狸を観察してｵｽの役割を知りました。彼は餌のﾈｽﾞﾐなどくわえてくるとﾒｽが尻尾を振って出迎えるとｵｽは意気揚々とﾒｽの前で餌を放すとﾒｽはそれをくわえて子達のところへさも自分がしとめてきたように差し出すのです。ﾒｽはｵｽを尻尾を振って迎えるとｵｽのﾌﾟﾗｲﾄﾞは満足し迎えにでないと途端に元気がなくなるそうです。子達がおおきくなりる狩の訓練や縄張り争いの模擬訓練になると母親よりも父親の出番になり子達も教師として母親から父親に代わり役割分担がｵｽのﾌﾟﾗｲﾄﾞを維持するということです。ﾒｽがｵｽの行為に喜びと感謝をあらわさないとｵｽは如実に元気を失うそうです。これは人間の家庭に全く当てはまります。昨今家庭内での父親像が希薄になり、特に単身赴任などは極端に存在感が失われることでしょう。現代の家庭の崩壊や子供の躾けの欠如は父親が家庭の中でしっかりした役割を担っていないところから来ているのではないでしょうか。文明は進歩したかに見えますがいつの間にか男と女、親と子の関係が根本の所で失われたのではないかとこの獣医先生の話をきいて目からｳﾛｺが落ちました。もう一つｶﾓのこどもが溺れた話、ｶﾓの子は母親の羽の下で保護され外敵から守られますが効用はそれだけでなく母親と子の羽の接触による静電気が水に入っても反発して沈まなくするそうです。母親が子をほっておき過ぎると静電気が子の羽に十分帯電しなく溺れるというわけです。また子は親のすることを100ﾊﾟｰｾﾝﾄ真似て育つそうです。だから泳ぐｷﾂﾈの親に育てられたら子も泳ぐようになるが別の親の子はまたその親固有の行動しか受け継がないそうです。動物の世界では親の教育が100ﾊﾟｰｾﾝﾄ子の一生を支配していく、おそらく一つがいになったら父親と母親から両方から子は受け継ぐのでしょう。そこに進化が生まれるのでしょう。嘗て農業、職人、世襲の仕事などは父親が師匠でもありました。彼は子に仕事ばかりでなく人間としてのあらゆる躾け礼儀作法など、即ち全人教育をしました。今でもこのようなｶﾀﾁは残っていますがﾏｲﾉﾘﾃになりました。人間にこういった社会にｶﾀというものがあり規範がしっかりしていた時代は子は安心して大人の後をいくことができました。たとえ大人を批判しても大人はそれを受け入れて、大人になったとき大人を理解でき、若者の反抗も受け入れる大人になります。しかし今日のように社会の変化が急速で大人の背中を見ていては生きていけないようなｼｽﾃﾑや価値の変化の中では世代間の溝は小刻みになりますます断絶は大きくなります。今日の人間の混乱は、文明即ち生産、流通、金融など人間のｺﾝﾄﾛｰﾙ不可能に自己増殖し人間の本性とどんどん乖離していくことに原因があるのではないか。これもつまるところ人間の脳が原因をつくったのは勿論です。これには西欧の合理主義が大きく関わっているでしょう。合理で得られるものは真実ﾄｰﾀﾙではなく一つの局面に過ぎない筈です。ここからの一つの真理を演繹していった時、ﾄｰﾀﾙの真実そのものとは必然的に乖離を起こす、このひずみはこのままで行くと人間を益々不幸にしていくだろう。現代人は何処まで人間の根本と言うか基本まで自覚して戻せるかが地球の滅亡から人類とあらゆる生存物を救える鍵ではないでしょうか。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
<dc:date>2009-06-27T09:46:10+09:00</dc:date>
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<title>大正期の夭折画家の爪の垢を煎じて飲もう。</title>
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<description>梅雨といっても昔のようにじめじめと雨が降らなくなったようです。住宅の環境も除湿機...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;梅雨といっても昔のようにじめじめと雨が降らなくなったようです。住宅の環境も除湿機があったりｴｱｺﾝも室内の湿度をｺﾝﾄﾛｰﾙしてくれるし、梅雨といったﾏｲﾅｽのｲﾒｰｼﾞはなくなった気がするのは私ばかりではないのではないでしょうか。神奈川から宮城の松島に移り住んだ友人、これから温暖化が進むと北海道の次に東北が住み易いところになるでしょう。何十年後には東北は一大ﾐｶﾝの産地という予測もありますから。暑さに弱い私には7，8月が近づくと戦々恐々になりますが、去年の夏は7月末から8月初旬にかけて銀座で個展をしたこともあって緊張していたのでしょう。暑さにまいりませんでした。ただこ個展中の銀座の暑さは記憶にあります。今年は夏は何も無いのでﾊﾞﾃないか心配です。今日の当地は３２℃といってます。昔は猪苗代湖湖畔の土地は平地で１．５ﾒｰﾄﾙは降っていた土地が今は５０cmも降れば良い方で60年間でこれだけ温暖化が進んだことは事実です。冬に雪が降らないと水不足になり水道水や井戸水をﾎﾟﾝﾌﾟで汲んで農作物に掛けねばならずｺｽﾄもかかるでしょう。現代人の生活が日々金がかかるようになり専業農家も減り、長男が都市に働きにでるようになり、農村がさびれ無人の農家が多い村もあります。敗戦以来64年、人間の豊かさとは何かを考えずにひたすらお金を追い求めて、農村ばかりでなく日本人のこころも荒廃してしまいました。前回にも書きましたが、ｱｼｽﾄというITのｿﾌﾄをつくっている700人の会社を30年経営しているｱﾒﾘｶ人のﾋﾞﾙ．ﾄｯﾃﾝ氏の会社は終身雇用で70歳まで働けるそうです。彼がいうにはかつて日本にあった終身雇用制度はこれからも通用する一番優れた雇用ｼｽﾃﾑだといっています。安心して一生会社のためにつくすことが出来会社の社長が父親のように社員の面倒を見、お互いが信頼関係でつながる。かれは30年それを実践して会社を大きくしなくても安定してやっていけるといっています。嘗ては日本の優秀な中小企業が活気がありましたがｸﾞﾛｰﾊﾞﾙ化の流れの中で安い労賃のｲﾝﾄﾞﾈｼｱ次いで中国これからはﾍﾞﾄﾅﾑなどに工場をつくり生き延びています。こんな世界の流れに流されていたら国内にいる中小企業は凄い真似のできないものを世界に売らなければますます惨めになるでしょう。此処でﾄｯﾃﾝ氏が実践している理論に耳を傾け弱肉強食型のｱﾒﾘｶ型から決別することを国是として新しい人間の、社会のｼｽﾃﾑをつくりあげていかねば日本人が本来の心の豊かさを取り戻すことは永遠に不可能になりどうしようもない国になっていくだろう。嘗ての企業経営者は企業の目的は社会に貢献することだとはっきり認識していました。松下幸之助、本田宗一郎、土居敏夫など人格者は皆から尊敬された。しかし今の経営者はひたすら利益をあげることが手段が目的になってしまった。言い換えると経営者は株主に利益を与えることが最大眼目になってしまった。ｱﾒﾘｶそのものになってしまった。日本人は表面は日本人でも中身はｱﾒﾘｶ人、人を蹴落としても利益が上がればいい。企業や官僚の嘘は当たり前になって、何が本当か見分けがつかなくなってしまった。子供や青少年は大人のこんな社会をどうみているのだろう。そんな大人の金唯一の価値観から援助交際など派生してきたでしょう。繊細な若者がこんな社会を前にして正当に闘う意志を持続できるのだろうか。すべての人間の堕落は金を越える規範を社会が喪失してしまうことからきているでしょう。たとえ建前としても規範はしっかり立てておかねばならないだろう。もし社会が「人生は所詮金と肉の欲望だもんなあ。」と通念化したとしたら、社会は既に統制を欠き教育もすべてが存在不可能になるでしょう。外見整えば内部が正されるというような言葉がありますが。言葉や服装が乱れればやはり内部の規律は整わないでしょう。この第二次大戦が終わってから世界の各国で持してきた何百年続いた美質が急速に失われた。大切なものは長い試行錯誤によって判定されｶﾀﾁとなるもので、この64年は先ず捨てることをすれば新しいものが出てくるだろうと安易に捨て去りました。今捨て去ったものの大切さに気がつき始めたのではないでしょうか。真に日本を愛し卓見のあるﾋﾞﾙ．ﾄｯﾃﾝ氏のような人の日本人へのｱﾄﾞｳﾞｧｲｽは真剣に検討する必要があると思います。大正期まだ洋画家が今のように食べられなかった時代、洋画家を志、家が貧しいものは結核を覚悟、それこそ命懸けで美の女神のために二十歳代で夭折した画家も多い。美に命を賭けられたということは人間に真実があると信じられたのでしょう。今、人生は楽しまねばならないといいますが、この言葉自体に誰も異議を唱えられないが、本当に簡単にこの現在、人は真に人生を楽しめるだろうか。社会が二極化し幸福感が急速に社会から遠のいている現在、本当は日本がどうなりつつあるのか、自分のこととして考える時ではないでしょうか。人生は楽しまねばの背後にどうしても社会のﾃﾞｶﾀﾞﾝ（退廃）の臭いを嗅ぐのは私ばかりではないでしょう。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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