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<title>ねず公の鬱憤</title>
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<description>人類は皆気狂いｰｿﾄﾞﾑとｺﾞﾑﾗの末裔！</description>
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<title>人間は金やものでない宝をはたして探すことができるだろうか。</title>
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<description>先日日曜美術館だったかで速水御舟の特集があって26歳の時にかいた‶舞妓″を発表し...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;先日日曜美術館だったかで速水御舟の特集があって26歳の時にかいた‶舞妓″を発表したときｻﾛﾝの幹部の横山大観がその作品を嫌って彼を除名しろとまでいったそうです。しかし今日あの作品は近代絵画史に残る傑作であることは間違いないでしょう。評者など顔の細部にとらわれ過ぎ顔全体が変になったといいますが私には舞妓が塗る白粉の仮面性と人工性即ち血の通ってない非人間性が御舟の意志と関係なく滲みでていると思う。対象にのめりこんでそれになりきると平常では考えられないものがでてくるのではないか。もしあの舞妓が可愛くかいていたとしたら傑作にはならず絵葉書のﾍﾞｽﾄｾﾗｰくらいにはなっていたでしょう。どっか引っかかる傑作はすんなり一般人の感性にﾋｯﾄはしないものだ。ｲﾆｸﾞﾏﾁｯｸ（謎を秘めた）のない作品は凡庸でしかないだろう。自分の感性や美意識に逆らうからといって除名まで口にした大観はﾀﾃ社会の意識を自覚せず後年風呂屋のﾍﾟﾝｷ絵しかかかないように堕落した権力の頂点にたつ驕りのなさしめたものであったかもしれない。真の創造者はﾀﾃの人間関係の意識を持ってはならず常に水平の純白のなかで思考を最後まで続けなければならないのではないか。話は御舟からﾀﾞｳﾞｨﾝﾁに移りますが彼は生前自分の文章のなかで絵画をｱﾙﾃ(ｱｰﾄ）といわずｼｱﾝｾ即ち科学といっていたそうです。絵画こそあらゆる叡智の結晶として科学宗教文芸を超えたものとして最高位に考えていたとｲﾀﾘｱ人と日本の研究者がいっています。ﾀﾞｳﾞｨﾝﾁは今日尚現代に生きていてまだ彼を解明できていないといわれます。彼のｻﾝｷﾞｰﾇ（血の粉でつくった芯）で描かれた老年の自画像はその表情が無限のｲﾆｸﾞﾑを与え続けています。この1枚のﾃﾞｯｻﾝが万巻の絵を遥かに凌過しています。それは癒しでも快感でもなく宇宙の真実としての闇を知らしめてくれる。ただ唸るだけだ。今日ｱｰﾄは最早人を震感させるものではなくなった。資本主義という土壌からしか生えないもやしのような産物にすぎなくなった。今民主党が日本を変えようとしている。ｱｰﾄの社会もその土壌から変えねばならぬ時であろう。ｱｰﾄは素人の慰みものではなく如何に生きるかとじかに関係する実に大切な人間の営為であるしそう在り続けるために真剣に取り組まねばならない。今人類にとって実に大事な時期であろう。人間が人間を取り戻すか経済ｼｽﾃﾑの単なる歯車として人間の栄光を放棄するかの分かれ目である。20世紀が地球の資源を浪費して仇花を咲かせただけである。そして地球に対して傲慢になっただけである。科学者の野望と傲慢はこれからもｴｽｶﾚｰﾄしていくだろう。しかしﾄｰﾀﾙとしての幸福の量はむしろ減るだろう。そして人間の内部は見るも無残に壊れていくだろう。そうしないために‶もの″でない宝を探す努力をしなければならないだろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<title>日本人は世界の出方だけを気にするのではなく、これからは日本の考えを打ち出して痛みをもつことに馴れる必要があります。即ち鎖国から脱却すべきです。</title>
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<description>岸恵子のｱﾅｳﾝｻｰによる質問に答える形で彼女の生い立ちからﾌﾗﾝｽの映画監督と...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;岸恵子のｱﾅｳﾝｻｰによる質問に答える形で彼女の生い立ちからﾌﾗﾝｽの映画監督と結婚してﾊﾟﾘに住み子をもうけてから離婚、最近は日本に主に住み映画や世界のﾙﾎﾟﾙﾀｰｼﾞｭをしたり活躍しており目下76歳、前にこの番組の前半をみてﾌﾞﾛｸﾞに書きました。今回後半をみて外から日本をみた印象を聞いて私もﾊﾟﾘに28年住んで同じ感慨を抱いていました。それは日本人は世界の人と付き合うのにどこか大人になっていない、幼稚なところがあるといっています。それと外から日本に入っていこうとしても入口が見つからないということです。それは換言するとまだ完全に心理的に鎖国から抜けきっていないということでしょう。また世界の論理のまな板の上で考えられないということでしょう。これは意識的にﾄﾚｰﾆﾝｸﾞしなければ学べるものではありません。当今もてはやされている外人ﾀﾚﾝﾄをみると日本人の特性をうまくﾏｽﾀｰしているのがわかります。彼らは意識的に学ぶから日本社会にﾏｯﾁするのです。ﾌﾗﾝｽに30年くらいいても日本的感覚を基準に行動するといわゆる外人がしゃくにさわることは永遠に続くでしょう。彼らの観点に立たなければ外国暮らしは辛く日本人だけ付き合って何十年も暮らすことになります。日本人は得てして外国人のなかに自分の人格や性格、思想など強烈にぶち込むことができないのです。周りの雰囲気を壊すことを何よりも心配する国民なのです。正当に議論する事に馴れていないのです。岸恵子は生まれつき強烈な自己意識の持ち主、直情径行の持ち主で決断力のある人そして頭脳明晰であるので日本人一般、ｼﾞｬｰﾅﾘｽﾞﾑ一般からみたら決して快い日本人ではないでしょう。しかし彼女のような人間が世界で行動できるﾀｲﾌﾟなのです。彼女も年をとって強烈な自己主張型からある種の静かさを身につけたいと思っているのかも知れません。日本の文明論を書いたﾊﾝﾁﾝﾄﾝは日本は中国とも違う完全に独立したﾕﾆｰｸな文明圏をつくっていると述べています。しかしﾒﾃﾞｱの世界化でﾌﾗﾝｽ語でさえ崩壊に瀕している現在、日本人が日本の特異性を意識、自覚化して行動することを学ばないと国際的に遅れをとることになるだろう。ﾊﾟﾘ時代同じｱﾊﾟｰﾄにｼﾘｱ人がいましたが自己をしっかり持った世界に通用する人間観をもった人間でした。日本人が世界にでるに今までは金の力のみにだけたよって人間のよさをｱﾋﾟｰﾙしてきたが金がなくなってきた今日人間力で世界をわたっていかなくてはならないでしょう。それこそ日本を再び世界に知らしめる本当の力でしょう。日本の若者が勉強しなくなった、気力がなくなったといわれますが本当はそんな悠長なこといっていられる情況ではないのです。今我々は何をもって世界に役立つかを強烈にｱﾋﾟｰﾙしなければならないかの試練のときなのです。嘗て中国は眠れる獅子といわれ惰眠をむさぼり列強に自由勝手に蹂躙されましたが力がなくなると死んだふりして防御する生物もあります。日本は今政治的にも新しい決断を迫られています。国民が国際間の流れが刻々激変していることを認識する必要があります。長らく政権をとってﾏﾝﾈﾘ化した発想ではもう時代遅れなのです。新しい世界戦略がなければ没落するきりないのです。それには日本の未来像を国民に提示し引っ張っていくﾘｰﾀﾞｰが必要です。国民がガタガタ言うときは強引にやるくらいの命を賭けるﾘｰﾀﾞｰが必要です。日本人の中には凄いｴﾈﾙｷﾞｰが眠っている筈です。あの復興を成し遂げたのですから。とにかく規範や道徳の混乱を抜け出す努力をすること、日本という国を再生する意志を皆ながもつことです。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
<dc:date>2009-12-16T08:58:12+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://iwaya-toru.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7e1c.html">
<title>超特急「文明」号から途中下車は可能である。</title>
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<description>この頃物価が安くなってﾃﾞﾌﾚｽﾊﾟｲﾗﾙを心配する向きもあるがここ何十年賃金の...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;この頃物価が安くなってﾃﾞﾌﾚｽﾊﾟｲﾗﾙを心配する向きもあるがここ何十年賃金の上昇で国際競争力が落ちてきました。以前は皆高いものに飛びついていました。一つの物価にはいくつかの値段の上乗せがあり結果途方もない高い値段になっていました。今日価格競争でどんどん値段が下がっています。日本は教育費も高く優秀な貧乏人の子は教育を受けられなくなってきています。自民党が政権をとっていた60年の間に利益を吸う巧妙なｼｽﾃﾑが網の目のように張り巡らせ国民にその実体は隠され利益を得る本人まであたり前と思うように頭のいい連中が少しずつ少しずつｸﾓの糸のように官と民間の癒着構造をつくっていったのだろう。世の中が潤っていた時は誰もこのｱﾝﾀｯﾁｬﾌﾞﾙにﾒｽを入れようとはしなかったがここまで国民一人当たりの借金が増え少子化が進み将来の年金の支払いが危機に曝されてくると国庫の見直しが現実問題になりさしも奴隷のごとくだった国民も自民党に‶NO!″を突きつけました。当然というより遅きに失したほどです。ﾏｽｺﾐも自民党時代は追及できなかったが今は新しい流れを味方に自民党のつくった構造に真っ向からぶつかってその出鱈目ぶりを検証していますが20年前に真実をえぐる目と力を実証して欲しかった。長いものには巻かれろはｼﾞｬｰﾅﾘｽﾞﾑも例外ではなかったということは事なかれ精神の何ものでもないというあらゆる分野での日本人の軟化（硬質化の反対）を象徴しています。皆本質を考えずにただいい生活をしたいだけの国民になってしまったのです。しかし例外的存在、ｱﾌｶﾞﾆｽﾀﾝのﾍﾟｼｬﾜｰﾙで長年医療活動をして最近は灌漑用水路を完成しゆくゆく70万の人間が食えるようにした中村医師やﾈﾊﾟｰﾙの未開の高地ﾑｽﾀﾝでﾘﾝｺﾞの栽培それから牧畜そして世界一高地での米の栽培を成功させ、いま２０，０００人の人たちのために病院をたてその経営の困難と闘っている87歳の近藤さんやｶﾝﾎﾞｼﾞｱで地雷の除去に改良したﾌﾞﾙﾄﾞｰｻﾞｰですでに60万個爆発無害化した方など皆自分のいわゆるいい生活を棚上げして国境を越えて人々の貧しさや危険から守っているかたたちが辛うじて日本人の誇りをぎりぎりのところで守ってくれています。ありがたいことですが今の日本人の生き方を恥と思って極く小さいことでもいいからよい日本にすべく自己刷新を行為に踏み出す自覚をもってもらいたいです。ものを消費しなければ機能し、存続しない資本主義は根本的に間違っています。倹約しても存続できるｼｽﾃﾑに変える必要があります。そのためにも世界の人口は増えすぎました。三ヶ月の未熟児が生きられる医療と併行して毎日何千人の子どもが飢餓や病気で死んでいます。一匹の動物を助けるために何十人の消防夫が動員され美談として放映され併行して世界の何処かでﾃﾛや殺戮が行われている。人間世界は矛盾だらけだ。文明号に乗ったら途中下車できないのだろうか、いやいや勇気があったら日常生活を変えることはできます。一杯のお茶でお喋りすること、善意のお節介を復活すること、忙しい忙しいと自己暗示かけないことです。現代人の深層の深層は退屈で退屈でしようがないのです。何をやっても充たされていないのです。そのことを意識したら何か見つけられるのではないだろうか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<item rdf:about="http://iwaya-toru.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b96b.html">
<title>資本主義の終焉が見え始めている。</title>
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<description>この頃資本主義の崩壊を言う人がでてきています。今まで資本主義の矛盾がこれほど顕在...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;この頃資本主義の崩壊を言う人がでてきています。今まで資本主義の矛盾がこれほど顕在化しなかったのは利益を追う鋭い刃を隠し、宗教というか道義というかそれと適度にﾊﾞﾗﾝｽをとっていたからだろう。それが世界の競争の激化でとうとう資本主義の本質の姿がむき出しになったということではないのだろうか。本来利益を生むことは合理戦略の範囲内では正当であったが巨大な利益を得るために戦争や策略を用いたとすればそれは資本主義道に外れるのは当然であろう。しかし事実は国家の利益を伴うものは古来戦争や策略なしにはありえなかった。しかしそれとﾊﾞﾗﾝｽをとるために宗教は大きな力を発揮しました。近代人の欲望は限りなく肥大しその究極は金を掌握することである。金は今や万能である。地球の温暖化で近い将来食糧危機は必ずくるだろう。そのとき生き延びるものは金を持つものだろう。目下ｱｳｼｭｳﾞｨｯﾂ収容所体験者、精神科医であった、ｳﾞｨｸﾄｰﾙ.ﾌﾗﾝｸﾙの「夜と霧」を読んでいますが、収容所で生き残れるものは人のﾊﾟﾝやものを平気で奪ったり盗んだりできるものであると書いてあります。人間らしい心情のものから先に死んでいくそうです。人間というものはどこまでも変れるもの、それが真実といっています。人間として身に付けた道義など脱ぎ捨てたものは生き残れ、自分のﾊﾟﾝや衣類を病気の友人に与えたものは生き残れないのが現実であったということ。現代世界は世界終末という極限情況にむかっている、それは世界がﾕﾀﾞﾔ人収容所的情況になりつつあるということである。収容所のﾕﾀﾞﾔ人のなかで同胞のﾕﾀﾞﾔ人を取り締まるﾕﾀﾞﾔ人には特に教養の低い冷酷なものが選ばれた。彼らは栄養状態もよく、特にｶﾞｽ風呂の担当者はﾌﾞﾗﾝﾃﾞｰが制限なく与えられた。それは毎日毎日同胞が死ぬのを見ていて酒でも飲まないとおかしくなってしまうからだろう。この同胞を取り締まるものは現代世界ではおかしな金融商品を売り出して庶民を窮地に追い込む連中だろう。儲け主義が白昼堂々と牙を見せても世界が慣れっこになっていく今日、地獄はそろそろ姿を見せはじめている。人間の世界にこれほどいらないものが氾濫しそれを獲得するための熾烈な生存競争、人はほとんどこのような末梢的な事柄のためにゆきずまって自らの命を絶つひとも多い。世界のひとが簡素な生活をし始めたら世界経済は崩壊するだろう。これは大いなる矛盾であろう。これが資本主義に内包する本質的な矛盾であろう。このまま欲望が肥大しそれと併行してﾃﾝﾎﾟが速まればおかしくなる人間が多くなるだろう。今精神病院に入院しているものが毎月一人100万円ぐらいかかっています。信じられますか、事実なのです。精神病者と犯罪者が増えてゆけば予算もﾊﾟﾝｸするだろう。資本主義の暴走は人間を破壊し世の中おかしな人間だらけにしてしまいつつあります。我々はこのような現実の中に生きているのです。人間をものとする、即ち幾ら利益を生めるか単なるｵﾌﾞｼﾞｴとして看做すのが資本主義の行き着いた価値観です。そしてその結果人間同志が物と物の関係になってしまったのです、金と金の関係といってもいいでしょう。ｱｰﾄも単なるものになりました。金額に見合った癒しがあればこと足りるのです。ﾒﾃﾞｱをあげて巨匠に祭り上げれば巨匠にでっちあげられるのです。金に目を曇らせられた現代人は魂に幕がかかったようなものです。社会にこれだけ小さな教会や新興宗教やｾｸﾄが存在するのは多くの良心ある人たちが不安だからです。これからますますこの実存に対する不安は増大するだろう。ﾕﾀﾞﾔ人収容所の人たちは歯も磨かず衣類も洗濯もせずそれで冬暖房も無いにもかかわらず風邪もそれほどひかなかったそうです。ただ一皿のｽｰﾌﾟとﾀﾊﾞｺ1本を取り替えるようになると同僚から彼もそう長くないなと看做されたそうです。それは食を1本のﾀﾊﾞｺに替えるということは確実に生への執着力の衰退を意味したからです。ﾕﾀﾞﾔ人収容所はこの世の人間世界の縮図でもあったのです。「夜と霧」を読み進みながら世界がﾕﾀﾞﾔ人収容所になりつつある幻覚に襲われる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<item rdf:about="http://iwaya-toru.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-6836.html">
<title>若者のｴﾈﾙｷﾞｰが爆発しないのは何故なのか。</title>
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<description>友人の一人が自然の豊かなところに立派な画廊を開いて10年になる。冬場の3ヶ月は来...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;友人の一人が自然の豊かなところに立派な画廊を開いて10年になる。冬場の3ヶ月は来客も途絶えるところから閉める。毎年11月半ばから12月半ばまで前期と後期に分けて県内のめぼしい新人のｸﾞﾙｰﾌﾟ展を企画して5，6年になるが去年と今年は急にﾚﾍﾞﾙﾀﾞｳﾝしました。日本では意欲を持ってｱｰﾄをやる若者が急速に減少しているのだろう。かつてﾒｼﾞｬｰだったものが今ﾏｲﾅｰになりました。たとえば文学はﾒｼﾞｬｰからﾏｲﾅｰに漫画がﾒｼﾞｬｰに、映画がﾒｼﾞｬｰからﾏｲﾅｰにｱﾆﾒがﾒｼﾞｬｰに、ﾎﾞｸｼﾝｸﾞがﾒｼﾞｬｰからﾏｲﾅｰにK1がﾒｼﾞｬｰに、ｱｰﾄも今やﾏｲﾅｰに転落しつつあるようです。現代はﾃｸﾉﾛｼﾞｰが殆どあらゆる所で支配し思想や精神が機能する場所が消えつつあるのではないだろうか。ただ新興宗教やｾｸﾄは良い場所に立派な建物を建てている。それはこのﾃｸﾉﾛｼﾞｰ支配の人間をものとみる社会のどちらかというと負け組が不安に陥りその方面の扉を叩くのだろう。既存の宗教は今では個人の悩みを吸収することをやっていません。伝統があればあるほど時代の変化についていけないのかもしれません。日々食べていけると危機感が生まれ難いのでしょう。民主党政権になって自民党の60年が日本を隅の隅まで旨い汁を吸える組織によくもまあここまで悪知恵を働かせたものだと感心します。ただどんなに表面がｶﾀﾁを保っていても内部が崩壊に向かっていればやはり100年単位で見事瓦解するだろう。これからの世界はｼｽﾃﾑが安定して10年も20年も続くことはなく常時変化が起き5年ごとくらいに大きなｼｽﾃﾑの変化が起きるのではないか。今までの日本の教育はあらかじめ答えがわかっているものにその道筋を教え込むやり方だったがこれからは学ぶものが質問そのものをつくりだし自分で解答を苦労して探すのが学問の本道になるのではないか。ｱｰﾄの衰退も多くのｱｰﾁｽﾄたちは作品の中に何を封じ込めるかそしてその封じ込めたものが観者に何をｺﾐｭﾆｹｰﾄするのかを見定めて制作していかねばそれこそ袋小路にはいってしまうだろう。或いは思考を停止して巷に流布する低俗な美の基準にのっとり糊口をしのぐ道を選ぶかだろう。若しｱｰﾄが生き方を左右するある緊迫の道を選ぶなら現在のように若い作家たちの低迷から抜け出すひとも出てくるのではないか。今の日本では貧乏になることが怖いので中途半端に生きるようになりせっかくもっているｴﾈﾙｷﾞｰを爆発できないでいると思う。ｽﾎﾟｰﾂやﾐｭｰｼﾞｼｬﾝなどはｽﾀｰになると桁違いの金が稼げるので若者がそれらにつながります。現代人が如何に金そのものになってしまったか。世の中には金以外でも面白いものはまだあります。そして人と人との間に神秘もあります。自分の収入以内で喜びは見つけられます。現代人はこの見えないｼｽﾃﾑに飲み込まれこの大地に立っている感覚がなくなってしまっているようです。これから人間はますますものを使いこなすより使いこなされる惨めな存在になっていくでしょう。特に日本人は。それは社会通念の網に簡単にかかってしまい自分が自由でないことを意識できない国民だからです。此処まで若者のｴﾈﾙｷﾞｰが噴出できないでいることをもっと彼ら自身で議論したらいいです。ｴﾈﾙｷﾞｰのない生命体なんて存在しないんですから。今ほど原則に帰ることが大切な時代もないでしょう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
<dc:date>2009-11-30T08:57:03+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://iwaya-toru.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-3227.html">
<title>今、仕分け作業を見て、この60年間ｼﾞｬｰﾅﾘｽﾞﾑも評論も本来の機能をしていなかったことが明白になった。</title>
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<description>ｶﾅﾀﾞに3年半交換牧師として村に滞在した人の話ですがそこの小学校の校長から6年...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;ｶﾅﾀﾞに3年半交換牧師として村に滞在した人の話ですがそこの小学校の校長から6年生になんでもいいから話をしてくれといわれました。彼はこの世の中には見えるものと見えないものがあるが見えないものにはどんなことがあるかﾈと質問したら皆ﾊｲﾊｲと元気よく手を上げて答えました、「愛、友情、正義、平和」などを挙げました。帰国後日本の同じ学童に質問したところ「酸素、原子、核」など物質しか挙げなかったということです。また別の調査でクラスで人気投票の一位の条件が「優しさ」というﾃﾞｰﾀもあります。これは日本では日常的に人間としてのあり方を教える授業がないところからきていると思います。人間としてのあり方を小さいときからしっかり教えなかったら規範が喪失したおぞましい人間になってもおかしくありません。長年勉強とは偏差値をあげ優秀な企業戦士を育てることに照準を当ててきました。そこからはずれた者は人生の落伍者と自らも社会からもそう思われるような雰囲気を醸成してきましたた。人間として素晴らしいかそうでないかよりも一流企業にはいって、或いは高級官僚になって高級とることがｽﾃｰﾀｽとして親も子もそれに向かって幼児から目標をたてられた。こんな社会に育って大多数が幸せや満足が得られる筈がないことを人間の歴史が教えているのに特に20世紀は進歩の度が速すぎ欲しいものが矢継ぎばやにでて人はものに目を奪われ人間の真実から外れてしまった。これほど外れた時代ははじめてでしょう。真実から離れれば離れるほど人間が狂ってくるのは当然です。ある種のﾗｯﾄが異常に増えすぎるとﾘｰﾀﾞｰが大集団を海に向かって泳ぎだし集団自殺すると同じようにこの人間界も何かが狂いだしているようです。生きる意味の喪失が特徴ではないでしょうか。辛うじて支えるものはお金様です。しかしそれで得たものによって翻弄されがんじがらめになっていていつも欠乏感に陥り自足ということから遠いのが現代人ではないでしょうか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;話は飛躍しますが大洋やｱﾏｿﾞﾝのような大河にはどうも自浄作用があるようであらゆる有害物質が無害化される。ｱﾏｿﾞﾝではｺﾚﾗなど全域に広まることはないといわれ広まったことはないそうです。只岸辺の水溜りには病原菌や有害物質が一杯いるそうです。河の中の土で濁った水を飲んでも病気にはならないそうです。日本にある程度の川では自浄作用はないそうです。この宇宙も何十億年という単位では自浄作用が働くでしょう。化学物質で土、水、空気を汚すことはあらゆる地球上の存在物に影響を与えるでしょうが多くのものが地球上から消滅し何万年かたてばまた新しい環境が整備されるだろう。社会の潮流に逆らうことは何人も出来ません、共産主義が崩壊したように時間という自浄作用は船の復元のようにいつかは平衡にもどるだろう。それは人間の力を超えたものであるだろう。人間が自らを過信し地球を弱い頭で支配しようとして今日、温暖化など引き起こしました。文明は大洋や大河の岸辺の病原菌や有害物質がうようよしている水溜りにたとえられよう。人間の目的は金や物質を溜め込むことが目的でない事は明々白々だが教育の目的がこれを目的にしている現実をようく直視してみるべきであろう。大洋や大河の真っ只中にいることは大自然の自浄作用に守られることです。金やものの不足が生甲斐の喪失につながって自殺に追い込まれる社会は大きな間違いをしている証明でしょう。これだけものがあふれていて孤独でｺﾐｭﾆｹｰｼｮﾝが無いというのは前述の小学生が見えない「愛、友情、正義、平和」などの存在がほとんど意識されない日常を送っている事実が大きな原因になって尾を引いているのだろう。対話のできない日本という欠陥がｽﾎﾟｰﾂのﾁｰﾑﾜｰｸに影響していることに気づき、ｺﾐｭﾆｹｰｼｮﾝの訓練から始めようという動きが出てきています。長い長い教育の欠陥がこれからどんどん白日に曝されてくるだろう。楽して効率よく金をとることが長い間に如何に人間をｽﾎﾟｲﾙするかわかってくるのではないか。ﾃﾚﾋﾞで日々政治家のｺﾒﾝﾄなど聞いていると茶番劇に苦笑させられます。根本や基本から外れたところでの発言、これらがいらないものに満ち溢れた社会から排出される必然的&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;副産物のようです。大学の学長が揃って科学の予算の削減に抗議しましたが、日本の国家財政が逼迫しているからこんな仕分け作業が必要だというのが大前提ということがお分かりないのです。またまた子孫に借金の上乗せをしたいのか。日本人が幼稚園児化しているみたいです。とにかく日本人が一番大切なものを忘れてしまっているようです。それは何か、これから真剣に一人ひとり自問していくきりないでしょう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
<dc:date>2009-11-26T08:05:31+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://iwaya-toru.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-835f.html">
<title>今、長期の国家戦略を立てなければならない。</title>
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<description>ある学者か評論家だかいってました。日本は敗戦以来戦争で体験した人間性の限界をこえ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;ある学者か評論家だかいってました。日本は敗戦以来戦争で体験した人間性の限界をこえた人間崩壊の経験を人間把握の大きなﾓﾒﾝﾄとせずひたすら封印し語らずにきた。しかしその奥にしまったものは時として怒りとなって集団のｶﾀﾁを取って表れたりした。例えば小泉首相の短いｽﾛｰｶﾞﾝに雷同して引っ張られたりして深い封印した傷を白日に曝して皆で人間とは何かを進化させる原動力にしなかった。簡単にいうとこれだけ犠牲を払った戦争が真の体験として子孫に伝わらなかった。この国民性は60年間自民党が不透明な政治を行って税金を何に使われたか究明も批判もせず国民がﾎﾞﾛﾎﾞﾛになるまで何の行動も取れなかった国民性と100ﾊﾟｰｾﾝﾄ歩を一にする性質である。この60年国を国あらしめる大本を議論しなかったことは今日の姿の最大の原因である。政治は国民に金とものを与えて本質的問題からそらしそれが子どもに菓子ﾊﾟﾝとｺｶｺｰﾗの朝食にまでなってしまったと私は思う。日本人は感性の民族ではあるが人間を根本的に考えない国民であります。根本的にﾀﾃ社会であるが現在はﾀﾃの上にあるものが上にあるための責任も能力もなくなってしまった。ﾀﾃ社会はﾎﾞﾛﾎﾞﾛではあるがこれはどうしても立て直さなくてはならないと思う。これには上に&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;たつ者の意識を鍛えなおさなくてはならないことは前提であろう。ある会社が社会的に問題を起こしたときに社長重役が雁首深深と下げればこと足れりという日本のやりかたはそれで責任は逃れられるという安易な社会であり国民もそれ以上追及しない。これでは悪が蔓延っても当然であろう。商品の偽装が多発しても当然、敗戦以来戦争中の真実を白日の下に全ての国民に知らしめなかったという事実は戦後の日本再建に大きな欠陥を残してしまった。明治維新以来それまでの長い日本の文化を棚上げしｾﾞﾛから出発と称して100ﾊﾟｰｾﾝﾄ欧米の文明に切り替えようとした心理と瓜二つではないか。人間の長い伝統は一朝一夕に変えられるものではなく変えられると思うことは後々人間に混乱と不幸をもたらします。維新でできた日本人の内部の混乱が何であり日本人が捨てたものが如何に貴重なものであったかが分るのに150年を要しましたが一般にはまだまだ分りそうにないようだ。真実と対決しないという国民性がたとえ一時的に物質的繁栄に潤うとも決定的な損失を受けるということを忘れてはならないだろう。今や日本人のよき伝統や美質のあらかたは金に潤ったことと引き換えに消滅してしまった。日本人、特に多くの若者はあたかも無国籍的人間です。これの真の原因は我々や我々より上の世代が戦争を真に体験化しなかったことからきています。何故昭和天皇が存命中に沖縄を訪問しなかったのか優秀な左系統の社会科の教師にきいても行けない事情があったのだろうと答えただけでした。私は30年日本を留守にしたのとｺｽﾓﾎﾟﾘﾀﾝになるべく日本を脱出していたのですが今帰国して日本の戦後史に興味があります。それは今のような日本になった全ての真の原因を探りたいがためです。日本ではまだ触れてはならない事がいろいろあります。日本人とは何かをこれから一段と究明していかねばならないだろう。若い世代でさえｱｼﾞｱ人蔑視が刷り込まれている現実を憂慮し世界に興味がなく自分の企業しか眼中にない日本のｻﾗﾘｰﾏﾝの狭視眼日本人が心理的鎖国に入っているのではないかという立花　隆、今再び日本人とは何かを問う時ではないだろうか。今、ﾃﾚﾋﾞのﾀﾚﾝﾄやお笑い芸人のように陽の当たらないところで日本再生の一翼を担っているひとたちがいます。例えば30年も前から有機農業をやったり、貴重な何百年も続く狭い区域の特有の野菜の種の消滅から守ろうとする地道な運動、これは小さい運動のように見えて人間再生につながるのです。現在の野菜の殆どが流通（ﾊﾟｯｹｲｼﾞ、運搬、保存、消費者に買ってもらうための見てくれの重視など）によって本当に食べてよい野菜は二の次になっています。現代文明の中心にある非人間性そのものにこれらのひとたちは意識せずに日夜努力しています。こういう動きを顕在化、活性化、普及する力をあたえるのは政治であり、ﾏｽｺﾐであり、思想家であり、国民の意識革命であろう。あと40年後に海水が６０～１００CM上がると予測され多くの田畑が日本も例外でなく塩害に曝されるときに備えて今から行動すべきであろう。人間は地道に簡素に生きる時他への心のゆとりができるのではないだろうか。それが真に日本の結束と再生に不可欠であると私には思うのです。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
<dc:date>2009-11-25T08:12:20+09:00</dc:date>
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<title>再び世界に興味を持とう、特に若者は。</title>
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<description>２,３日前民間ﾃﾚﾋﾞで‶日本人の忘れ物″というタイトルで４時間半の番組がありﾊ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;２,３日前民間ﾃﾚﾋﾞで‶日本人の忘れ物″というタイトルで４時間半の番組がありﾊﾟﾘの友人からの３０分の電話で中断したほかは全部見た。その中で女子高生４人と男の大学生３人を一緒のｽﾀｼﾞｵで異性との交際についての質問をしたVTRを紹介したが男子の一人が今勉強することが多くそれが一段落してから考えると、もう一人はｹﾞｰﾑのなかの漫画の可愛子ちゃんに夢中になって生身の人間とのように傷がつかないし今の所それで十分といってました。最後の一人は恋愛など人とのｺﾝﾀｸﾄが面倒だといってました。女子高生のほうは二人がﾎﾞｰｲﾌﾚﾝﾄﾞがいてあと二人は人との付き合いにあまり興味がないように答えていました。私たちのころは高校時代は女の子と実際付き合っているものは極くごく（１９５２～’５４）少数でした。むしろ憧れるかﾗﾌﾞﾚﾀｰをかくぐらいでした。大学時代は私は最初１３人部屋に１，２年生半々ぐらいの寮生でｶﾞｰﾙﾌﾚﾝﾄﾞから手紙の来るものは一人だけでした。今考えると可愛いものでした。学長が年に２回ぐらい予告無しにやってきて土地の女とやるなと口を酸っぱくしていっていました。彼は日蓮宗の行者でした。その頃はまだ公娼制度がありそんなとこにいく学生もいました。現代は前述の７人の男女の答弁を聞いても半分くらいが他人に無関心で異性への憧れをそんなに感じない人間が多いのに驚きです。むしろ女性のほうが恋愛は人生に必要だと答えている。他の番組などで聞く範囲では女性の方が積極的で女の方からSEXをさそうのが多いようだ。それも最初ﾉﾃﾞｰﾄでさそうのも躊躇しない。我々時代から見ると隔世の感がある。このVTRや他の番組でみるかぎり現代の若者いや一般的に精神的な香りが感じられません。これは人間ばかりでなくｱｰﾄなども汚い作品をつくってそれをｱｰﾄと平気で思っている人間が多いのにびっくりです。現代文明は糞も味噌もいっしょくたんで内部にきちんとした規範がないので批判するということができないのだろう。教育のなかで自己批判が訓練できなければそれはおぞましい人間ができるだろう。先日立花　隆が中学生への授業で日本人は心理的に再び鎖国に入っていると指摘してました。理由は日本人が小さな自分の周りにしか興味がなくなっているからだと。先日私のﾌﾞﾛｸﾞでｱﾙｼﾞｪﾘｱの高速道路建設にいっている７０人の日本のｾﾞﾈｺﾝの社員も全然世界に目を向けようとしてないとそこで通訳をやっている友人がいってました。これは３０年前も同じで白人以外の人たちを理由もなく差別していることもちっとも変ってないといってました。日本人の精神構造を世界の対比の中で自己批判的にみる視点が最高学府をでた人間にもないのは心の底でおらが日本は何でも世界一と思っているところからきていると思います。驕れるﾛｰﾏも崩壊するのです。まして現代の変革のｽﾋﾟｰﾄﾞは予断を許せない速さです。ｲﾝﾄﾞ、中国が世界の電気自動車を引っ張るかもしれません。あの石油の国ｸｴｰﾄで石油を使わない100ﾊﾟｰｾﾝﾄｸﾘｰﾝｴﾈﾙｷﾞｰ（太陽発電）の都市造りをやり始めています。世界の教育のﾚﾍﾞﾙが上がってきているので先進国だけがこれからもﾘｰﾄﾞできるとは限りません。日本人がいい気になって心理的鎖国になっていることに気がつかないととんでもないことになってしまうでしょう。ｱｼﾞｱの一員になるのには日本人のｱｼﾞｱ人への侮蔑意識を払拭することが重要です。日露戦争に勝って一等国になったはいいがそれが驕りとなってしまってはこれからﾏｲﾅｽになります。この話題はこのくらいにしてこの4時間半の番組で小学生の朝食のﾒﾆｭｰを調査したら驚くべきことが分りました。朝食に菓子ﾊﾟﾝに納豆、ｸﾘｰﾑﾊﾟﾝ1個、とにかく子どもが好きだからと圧倒的に菓子ﾊﾟﾝ類が多いのです。今やご飯に味噌汁の定番は姿を消し、味噌汁の嫌いな主婦もいてﾊﾟﾝとｺｰﾗというのもあります。人間は精神も肉体も食事によってつくられます。現代けったいな事件が多発するのも食事が関係していることは確かでしょう。長野県の上田市の教育委員会が給食を日本食にし残さないように指導したら6ヶ月で生徒の多動症候群その他の問題がなくなったと報告されている。食事が人間に与える影響ははかりしれなく大きなものである。ﾆﾜﾄﾘでさえ米のﾓﾐｶﾞﾗをくわせると凶暴性がなくなり仲間のﾋﾅを突っつき殺すことがなくなるとこれを発見した経営者がﾗｼﾞｵでいっていました。自民党が60年日本の政治を司っている間に日本という国は金満にはなりましたが実は精神的にはさざほざとんでもない国になってしまいました。私は民主党に大いに期待しています。国民は4年は辛抱して多少の失敗は寛容に見守ることが日本を再生するに出来る大切なことです。今まで政治に関心なかったひとが関心を持ってきたという人が多いです。本来自分たちの政治に興味が無いということ自体おかしなことだったのです。日本人の意識が変れば凄い国に生まれ変るだろう。とにかく心理的鎖国から抜け出さなくてはならないだろう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<title>大学の寮、同室だった先輩が５０年ぶりにﾌﾞﾗｼﾞﾙから訊ねる。</title>
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<description>一昨夜突然、５１,2年ぶりに大学の一級先輩で寮でも同室だった人が電話もなくきたの...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;一昨夜突然、５１,2年ぶりに大学の一級先輩で寮でも同室だった人が電話もなくきたのでびっくりした。電話番号は間違っていなかったが昔の局番の区切り方だったので繋がらなかったようだ。彼は50年近くﾌﾞﾗｼﾞﾙにいて一時は年商1億円くらいあったそうだが今はｱﾏｿﾞﾝの河口の150万のﾍﾞﾚﾝにいて長男と奥さんがｵﾘｴﾝﾀﾙﾚｽﾄﾗﾝを経営し彼はﾚｽﾄﾗﾝから500ﾒｰﾄﾙのｱﾊﾟｰﾄで一人暮らし専ら読書と書き物に余生を送っている。かれの物書きは半端なものではなく3年に一度帰国し神田の古本屋で専門書を買い求めそれをもとに書いている。しかし彼が探している本はなかなか見つからないといっていた。時々大学同窓でﾌﾞﾗｼﾞﾙに長年住む共通の友人の実話を実名でなく書いたものを他の共通の友人がｺﾋﾟｰして送ってくれますがその中にﾌﾞﾗｼﾞﾙに渡り50年最初は研究所の研究員として就職し失敗ばかりで零落しいまはﾘｵのｽﾗﾑ街で市場で只で拾ういわしでﾋﾟｯｸﾙｽをつくりｽﾗﾑの飲み屋にｵｰﾄﾞﾌﾞﾙとして売っているそうで旨いのでもっと量産すれば儲かるのにその日食べられればそれ以上欲がないそうでﾎﾞﾗﾝﾃｱで洗濯にやってくるｶﾄﾘｯｸの尼さんを征服し毎日やってきて翌朝彼女は神に懺悔するそうです。彼は母校の高校では10年に1度の秀才だったそうでﾌﾞﾗｼﾞﾙでも数々の発明をしたが全部乗っ取られたそうです。彼も寮にいてすでに変わり者でした。ｱﾝｿﾆｰ.ｸｲｰﾝのような顔をしているのでﾌﾞﾗｼﾞﾙではいい顔として通ずるかもしれません。昨夜来た先輩も長らく赤道に近いﾍﾞﾚﾝにいるので顔は日に焼け最初は分りませんでした。彼は彼のｴｯｾｲのｺﾋﾟｰを沢山もってきてくれた。彼の唯一の生甲斐は読書と物書きとのことあとは散歩するだけなそうです。私の大学は文化の香りはほとんどない雰囲気でしたが彼は夏休みは帰省せずこんどの夏休みはﾌﾛｲﾄﾞ全集を読むと決めるとそれに没頭するようなひとでした。再び気に入った境涯にこの7年以来入ったそうです。二人の息子はともにﾍﾞﾚﾝに住み孫がひとりずついて全く問題がないとのことです。現在の彼は清貧とはいえ毎日24時間好きな読書と書き物に没頭して私と価値観を同じくしていると感じました。毎回1週間の滞在とかで私のところに1泊し翌日早朝平泉の金堂を見に行き夜に東京に1泊し神保町で本を探しその日のうちに飛行機に乗りﾆｭｰﾖｰｸ、ｻﾝﾊﾟｳﾛ経由で30時間弱でﾍﾞﾚﾝに帰る予定です。主な目的は本を求める事で今回はそれに金堂を見ること温泉に入り、寿司とｳﾅｷﾞをくうことだったそうで皆実行したそうです。からだには問題はないそうで世界中どこにでも尋ねていけるといってました。駅からあてずっぽうに私の町名をたよりにその町名を冠した博物館前というﾊﾞｽ停で降り電柱の住所の表示を頼りに探したと聞いて大陸に長年住むとこのように時間をこせこせ考えなくなるのかと感心しました。ﾌﾞﾗｼﾞﾙはﾚｱﾒﾀﾙのため景気は上向いているそうです。しかしまだ日本の金は3倍くらいに使えるようです。吃驚しましたが50年ぶりに畏敬していた寮で同室の先輩に会って充実した正味4時間の対話でした。3年後の再会が楽しみだ、とにかくこの50年1回の交信もありませんでした。共通の友人を通して情報を手にしていただけでした。50年のﾌﾞﾗﾝｸの後会ったわけですが人間ってちっとも変らないものです。三つ子の魂百までもといわれますがそんなものです。もし変ったとすれば社会の序列や金のあるなしで人を見下すような人間にﾃﾞﾌｫﾙﾒされてしまったという証以外のなにものでもないでしょう。今週はｱﾙｼﾞｪﾘｱからﾊﾟﾘ時代の同業者の友人とﾌﾞﾗｼﾞﾙの先輩が50年ぶりに訪ねてくれ豊かな1週間でした。人間は利害関係の嗅覚だけで人間を見たらこんな貧しい人生はないでしょう。人間同志心で繋がって初めて真から豊かな人生といえるのではないだろうか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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<title>日本の子どもの7人に1人が貧困であることを肌で感じますか。</title>
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<description>去年の暮れ派遣切れになって寝るところもない人たちに日比谷公園に年越し村を設営して...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 1.4em;&quot;&gt;去年の暮れ派遣切れになって寝るところもない人たちに日比谷公園に年越し村を設営して505人に食事と寝るところを確保した若い指導者がいってました。自民党が政党だった時代日本の貧困率の調査は1965年で終わったそうです。理由は日本に最早貧困は存在しないという理由で。ところが2006年にODAが調査し14.7ﾊﾟｰｾﾝﾄという結果をだして国民がびっくりしました。この数字はｱﾒﾘｶに次いで悪いそうです。そのとき政府は統計のやり方が大袈裟過ぎるとｸﾚｰﾑをつけたそうですが、しかし政府は修正した数字は結局のところ出さなかったそうです。最近では17ﾊﾟｰｾﾝﾄになっているということです。自民党が60年の間世界の繁栄の陰で国民の本当の問題に目を向けず輸出で儲かる大企業の育成にだけ力を注ぎ弱肉強食の社会を増長させ世界同時不況になって初めて日本の現在の姿がCTｽｷｬﾅｰで輪切りに撮ったように各方面の現状が写しだされ国民は愕然とし、突然自民党に‶NO!″を突きつけました。最初に書いた年越し村村長だった社会活動家は貧乏は昔からあったが貧困は新しい言葉で貧乏＋孤立ということで社会から見捨てられるという意味があると解説しています。彼は最初学者と社会活動家を一緒にやる夢をもっていましたが両立できず社会活動に挺身するようになってしまったと語りました。彼はまず急増している「貧困」を社会の目に見えるようにすること、そして社会の陰の部分すなわち、自殺防止のSOS組織、母子家庭の問題の組織、閉じ篭りと家庭内暴力へのﾎﾞﾗﾝﾃｱ組織、多重債務を助ける弁護士の組織、勿論ﾎｰﾑﾚｽを助ける組織など横の繋がりの大きな組織に纏めることを目指しているといっています。幸い鳩山内閣の国家戦略のそういった分野の参与としてﾎﾟｽﾄを与えられたそうです。今、小学生の7人に一人が貧困（親の年収が200万以下）になっているそうです。ﾋﾟﾝとこない人もいると思いますが、物凄い勢いでﾘｻｲｸﾙｼｮｯﾌﾟが開店しています。公園のﾄｲﾚに以前はﾍﾟｰﾊﾟｰのｽﾄｯｸが置いてありました。誰も持っていくものはいませんでした。今、ﾄｲﾚにはﾍﾟｰﾊﾟｰは一切おいてありません。置いたらすぐ持ってってしまうからです。これだけ急激に貧困になっていることが注意するとわかります。最後の自民党（といっても2ヶ月前）はこんな現状をなんと感じていたのでしょう。今日友人宅を訪問しての話ですが農家が人に土地を貸しているのにその土地へ政府から休耕地の保障を受け取っている農家もあるそうです。敗戦後農人は米つくりは神事だったことは跡形も無く忘れ自分の農地をできるだけ高く売ることだけ考えているような者が多くなりました。これは何も農人だけが悪いのではなく敗戦以来金だけが何にもまして有難いという観念が染み付いてしまったからです。その結果芯の芯までお金さまに侵されてしまいました。私の考えでは今鳩山内閣が改革しようとすることは日本を再生する実に大切なことなのです。世界の政治哲学を変えようとしているのです。初めて政権をとったのだから矛盾もﾎﾞﾛもさらけ出すこともあるでしょうが彼らの理念とすることは今までの日本の政治には前面に押し出さなかったことですしとにかく透明であります。透明故にﾎﾞﾛや矛盾は指摘し易いでしょう。新しい体制が軌道に乗るまで4年は辛抱が必要でしょう。これから自民党が如何に金をばら撒き日本というかつて威勢のよかった国を若者がやる気を起こさない国にしてしまい不正をしても金をとることに心の痛みを感じない国民にしてしまったか追々わかるだろう。江戸時代以来「百姓は生かさず殺さず」と扱われてきました。明治政府は下級武士がつくりましたが政権をとってみたらやはり人民は奴隷であり敗戦以来民主主義国家になっても官僚主導の体制は変らず奴隷であることは変らなかった。しかし今こそ民主主義を国民のものにするまたとないﾁｬﾝｽです。国民自ら変革しなければならないでしょう。国民の金にふやけた観念に対して覚醒しなければ今が重要な歴史の時という認識は持てないでしょう。日本は必ず蘇ります。若者の新しい息吹は小さいながら各所で感じられます。これは大きな流れになるでしょう。30年も若者の蜂起や運動が無いと言うことは人間の歴史では本当に珍しいことです。人間の本性は善或いは愛と思いたいです。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<dc:creator>とーるさん</dc:creator>
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